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危うい



仕事が終わった帰り道、駅からてくてく歩いてたら、横切る車がピカピカ光っていた。

ピカピカ光ってる車だなぁ、と思っていたら、路肩に車を停めて、中からおばさんが出てきた。

乗ってるのおばさんなんだ、と思っていたら、おばさんがこちらへ向かって、ずんずん歩いてくる。

おばさんは、後2センチでぶつかるぐらいの距離で、
「あんた、いつもいる子やんな?」
と言ってきた。
おばさんからは、おばさんの匂いがした。

私は、
なんのことですか?
と聞こうと思ったけど、緊張して、
「どくぇっ」
としか声が出なかった。

「やっぱそうやんな、あんたも乗りや!」

おばさんはそう言って、私の腕をぐいぐい引っ張る。

「やめてください、帰りますんで」
と言ったつもりが、緊張して
「グラつぇっ」
としか声が出ない。

おばさんは、私を車の後部座席に押し込んだ。
すると、後ろの方に、ピカピカ光る何かが目に入る。
あまりにもピカピカ光っているので後ろをみると、一面に「YAZAWA」の文字と、矢沢永吉の歌っている横顔が。
おばさんは、矢沢永吉の大ファンらしい。

「あんたの事会場で見かけるたびに、乗せたいわぁと思っててん、ほら、いっっっつも最前真ん中におるやろあんた、喜ぶやろなぁと思って」

おばさんは、どうやら私のことを矢沢永吉のライブ会場で、いつも前列の真ん中にいる人と勘違いしている。
私は矢沢永吉のライブに行ったこともなければ、曲もほとんど知らない。

矢沢のことなんて、何一つ分からないのだ。

しかし、今更車を降りることなんて出来ない。
おばさんは、私のことを矢沢永吉のライブ会場で、最前真ん中を陣取る人だと思っているのだから。
おばさんの期待を裏切ることなど出来ない。

私は、この数分で、おばさんに情のようなものを感じていた。

おばさんは車を発進させ、矢沢永吉の止まらないHa〜Haをかけ始めた。

「も〜止まらへんよ!!」

おばさんはそう言って、後ろを振り向いてきた。
何か言って欲しそうな顔をしている。

止まらないHa〜Haをかけてるし、多分、これしかない。
私は、おばさんにむかって
「Ha〜Ha!!」
と笑顔で答えた。

完璧だ。盛り上げ成功!

そう思ったのも束の間、おばさんは車を急停車し、私を車から引きづり下ろした。

「あんた、ニセモノやろ。危うく騙されるとこやったわ!」

おばさんはそう言い残し、車でそのままどこかへ行ってしまった。

なんて言うのが正解だったんだろうなあ〜。

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