生きているからこそ

まさかね・・・23/7/1にまた再入院しました。
どうもyakiです。
6/14に外来でCT画像を撮ったら、髄液が溢れていて
鼻から流れっぱなし。「脳脊髄液漏」と診断
7/3にまた開頭手術で髄液が溢れだしたところを止める
手術を受けてきた

実は入院中に悲しい出来事が起きたのは
退院時に知ったのはとてもショック
私の病気ではないけど

7/3午後3時に約5時間の手術
今回も痛みはそこまでなかったのだけど
髄液を止めるために、頭部内の筋肉を使って止めるのが難しかったので
右わき腹下の脂肪を取って詰める手術だったので
お腹もちょっと切っている
怪我した感じの痛みだったのでそんなに気にならなかった。
今回も1日集中治療部へ入院
前回入院時より病室に人が多いと感じたかな
翌日の朝からレントゲンとCTとMRIを撮りにとベッドに寝ながら
運ばれる
前回同様、背中に髄液の排出量制限の為
管が繋がれているので勝手に座ったり立ち上がったりできない
検査が無事に終わり、一般病棟へ
集中治療部の看護師さんたち
また献身的なケアを本当にありがとうございました

一般病棟へ移ったけど
前回入院した病棟と同じだったので
看護師さんたちが顔見知りすぎて
私の状況について把握済み。
髄液の排出量の設定が難しかったのか、少し動いただけでくらくらと
吐き気がひどくしまいには嘔吐
2日間は食事が取れなかった。

術後3日目くらいから安定と5日目に歩き回ることができた
鼻から髄液が垂れなくなって
行動がかなり楽に
術後1週間で背中の管を外してもらったけど
抜糸が2回目の開頭手術だったため、期間を少し開けないといけないとのことだったので抜糸前に退院。今回は11日間の入院でかなり期間が短いけど
回復が早かったのが嬉しかった。

冒頭で書いた悲しい出来事は
入院初日に母方の祖母が亡くなったこと

熱中症だった

祖母はいつも通り山仕事へ
最近の台湾は雨が降らなくて水不足みたいで
気温も高く
しかもエアコンの無い場所だったので
叔父が発見した時にはもう手遅れと
7/8にお葬式

最後に会ったのは9年前
祖母がなくなったことを告げられたのは退院の日
私だけ知らなかったのは入院中の身体の負担になるからと
親戚も家族も私には告げなかった

霊的なものは良く分からないけど
手術当日は体調があまりよくなかった
いつもと違うと感じたのと
会いに来てくれた母の様子がいつもと違っていたから
もしかしたら
会いたかったのかな

大丈夫
台湾へ戻るから待ってて

もう私の身体には脅威となるものが取り除いたし
生きているからこそ

どうか私みたいにならないで。
会いたい人に
会えなくなる前に会いに行って
後悔はしないでほしい


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