賞レース(ショートショート)

ピン芸で争う賞レースの3回戦に足を運んだ。
私は1回戦で敗退したクチなのだが、何としてでも世に出るために、面白く魅力的なネタを作る為に学ばせて貰おう。さあどんなものが見られるのか。
「本日は遠方からお越し頂き誠に有難うございます!司会である私から注意事項についてお知らせします。3回戦のネタ時間は3分、3分15秒を過ぎると強制終了となります。途中退場についてはお控え頂けると幸いです。ヤジなど周りのお客様の迷惑になるような行為が確認されました場合、直ちに措置をとらせて頂きます。」
これから始まることには、この先の人生を楽しむために文字通り命をかけて臨む。だから少し殺伐とした空気が流れている。しかしこの空気感にはどこか中毒性がある。
「さあ、堅苦しい話はこの辺にしまして…、ではAブロック、12本続けてどうぞ!」

「いやー!皆さん聞いて下さいよ!私ね、考えてきたんですよ、サッカーの斬新なルール!」
トップバッターで明らかに空気が重いなか、元気さとコミカルさがウリの分かり易いネタを卸してきた。流石3回戦なだけある。あくまで自分自身しか頼れるものはいない中、自らの動きの躍動感でしっかり客を掴んでいた。
「どうも、ありがとうございました~!」
皆の人気者になる未来が見える、しかし用語の意味を勘違いしていたり、作り込みの甘さは気になる、学校の勉強は苦手だったのかもしれない。

「歴史上の人物って、現代に転職したらどうなのか、今回は偉人転職アプリ(ヒストリード)に登録されている情報と求人をチェックしましょう」
お次は打って変わって事前知識を求める知的なネタ、論理的で心地よいネタだが、少し地味な印象がある。システムは新しいのに。
その後も矢継ぎ早に出場者が入れ替わっていく。
中には派手な衣装で伝統の舞踊を踊るだけながら、勢いで持っていくだったり、フリップに書かれた絵が印象派の素晴らしい絵画のクオリティで肝心のネタが入ってこなかったり、どこか哀愁の感じるコントで共感を誘ったり、様々な出場者が現れる。

Aブロック、Bブロック、C、D、E…と進んでいく中でこの日の予選も終盤に差し掛かる。
「宜しくおねがいしまーす、ハラスメントのアウトとセーフのライン、あれってよく分からない部分ありますよね」
うーん…これは少しきわどいぞ、かなり毒の強いネタで今のご時世にはあんまり…。実際あまりウケてない。実は前にもこの出場者のネタは見たことがあるのだが芸風も、考えもそろそろ改めた方が良いだろう。1回戦敗退の私が言えたことではないのだけど。

この日の大トリは前回は決勝に進出した実力十分な方。以前見た時も感じたがセンスが段違いだし、日常の絶妙な部分を切り取ったコントで切り口が新しい。そしておまけに顔も良くて見るときにどぎつさを感じない。正直嫉妬する。

「本日はご来場頂き有難うございました~!審査結果につきましては全日程が終了してから1週間後に公表されます。次はいよいよ準々決勝、まだまだ大会は続くので宜しくお願いします!」
あー疲れた。100組以上のネタ見たらまあしんどい。そんな中で大トリで見た人はあれだけ輝いていたからまあ決勝は余裕だろうな…。

何故この大会に全力で挑む必要があるのか、それは最初にも言ったが世に出るためである。エントリー数は3万超え、世に出る権利を得られるのは優勝者ただ一人である。この大会が終われば優勝者は、人間の世界にもう一度生まれることが出来る。優勝出来なかったものは天界へ出戻り、自身の前世の記憶と現代の資料と向き合いながらまた自身の魅力を最大限に発揮するネタと向き合い、次の時期まで熟成させるのである。
天界でも人間界のトレンドを知ることが出来るがあくまで表面的な理解しか大抵のものは出来無い。だからこの賞レースに参加する期間が長いほど考えが古くなり、ネタも衰えていく傾向にある。あのハラスメント関連のネタをやってた出場者も元々は決勝常連だったという。
私も早く権利を勝ち取りたい、でもまずは1回戦を突破したい。本当に。

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