あの日に戻る
「もう、、、戻りたくはないです」
小さいけれどハッキリとそう即答した私に、彼は心底、意外だという風にこう言った。
「へぇ、、、そうかい?僕は戻れるなら戻りたいよ。今ならもっとあんなことができる、こんなことができる、という思いがたくさんある。」
若かりし頃よりはやや少なくなったのであろう白髪を撫でながら語を継いだ。
「当時はまだまだ、勉強不足だったことがずいぶんあった。今だってそうだ。でもいくつになっても、知らなかったことを知れたらそれはとてもラッキーなことだよ。知ることができて良かった!と、そう思わないとね。そうだろう?」
一歩間違えばつまらないお説教のように聞こえる可能性だってありそうな台詞だけれど、彼が言うと全くそんな風に感じない。
心からの言葉であることが、全身に滲み出ているからだろう。
都心からは数時間分も離れた、別荘があるような山並みの美しいその場所を久しぶりに訪ねた。
稜線の輪郭が黒く沈み始める時間帯。
1人で来るのは初めてだ。
マスターは、一緒にワイン談義に花を咲かせていた彼を、ふもとの町の小さな総合病院を経営している院長先生なんだ、と紹介してくれた。
にこやかに手を差し出して挨拶したあと、彼は穏やかに自分の好きな音楽の話を始めた。
御年85歳。
思いつきで書棚を作り、長く入院しているお年寄りたちに読書を勧めているそうだ。
ボケていたら分からないなんて侮っちゃいけない、と彼は真顔で言う。
「昔読んだ本を思い出すこともあるし、それにちゃんと新刊が好きな人もいて、早く続きを寄越せって言われるんだよ」
嬉しそうに笑う。
「そういうことに、若い頃は気付かなかった。そんな風に、もっと早くやっていればよかったと思うことだらけなんだ。」
そんな会話の中でふと、「何歳の頃に戻りたいか」という話になった時、彼は冒頭のように言ったのだ。
「そりゃぁ、今の知恵と経験がある状態のまま、肉体だけ若く戻れるならいいよなぁ、そしたらもっとうまくやれたことはいっぱいあるさぁ」
やんちゃな若者時代の武勇伝には事欠かないマスターが明るく言い放つ。
彼は彼でその年齢からは考えられないようなバイタリティあふれる生活を今もし続けているのだけれども、やはり体力の衰えはゼロではない、とカラカラ笑う。
全然、敵わない。
世間一般から考えれば恵まれた境遇で、ラッキーな人生を歩んできたという自負はあるが、それでも私なりに辛いことや悲しいことにぶつかってきた。
それらを乗り越えてようやくここまで来たのに、また戻ってやり直すなんて・・・。
自分で選んできたことを後悔はしていない、いや、後悔があると思いたくはない。
そんな思いで発した私の「戻りたくない」は、彼らの台詞の前ではいかにも突っ張った、青臭いものに思えた。
私の「後悔していません」宣言はそのまま、悔やんでしまうことと向き合えない恐怖心だ。
シッパイもある。
悔やむべきこともあったはず。
あとどれくらい、どんなことを積み重ねたら、この人たちのように笑顔で、過去の自分を受け止めてあげられるのだろう。
「だってさぁ、でないと面白くないもんなぁ!」
来年、登る予定の山の話をしながら威勢よくマスターがグラスを空ける。
彼もニッコリとそれに応じ、残り少ないボトルを見たママが苦笑いする。
フタをしたつもりだった場所に、小さな風穴が開いた。
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