「いつか」の話 2
「彼」との未来なんて、はじめから無かったんだ。
強がっているわけではなくて、心底そう思う。
私が幸せだと思えたのは、「彼」との未来であって、彼とではない。
だから、これでいい。
そして、お互い家庭を持って。
連絡も取らなくなった。
時折、「彼」についても、彼についても思い出す。
未来はなかったけれど、
あの頃の記憶は、時折、今の私を支えてくれる。
ひたすらに好きだった人に、好きになってもらえたという、奇跡みたいな、大切な記憶。
恋をしてよかった。
私にとって、あの人はやっぱりこれからもずっと特別で。
色恋な感情ではなくても。
でも、それは、当人たちにしか理解できないこと。
だから、今は、会わない。
こんな時代だから、接点を持つことは簡単で。
ある日、あの人を見つけてしまった。
ちょっとだけ、文字でだけ、会話をした。
近況報告。
嬉しかった。
たった数行のやり取り。
あの人も私も、きちんと時間は流れていて。
お互い子どももいて。
奥さんは結婚前と変わらず美しい人だということで。
「今度ご飯でも」
まぁ、彼はそんなこともさらっと言える人だよね。
だって、彼はあの時、私ほどは痛くなかった。
痛かったらね。
気軽に食事に誘ったらダメだと思うんじゃないかな。
特にさ。
一応、いわくのある人でしょ、私は。
一般的に見たら。
きっと、私がそんなことを言ったら、
「うちの奥さんはそういうの大丈夫だし、もう昔の話じゃん。」
って言われるのだろう。
彼ならそうだろう。
そうね。
そういう理屈もあるでしょう。
でも、私は、過去、「痛んだ」身なので、
あなたの奥さんが本当にそう思える女性なのだとしても、無理なんだわ。
でも、あなたには、「いつか」会いたい。
いつか、あなたの奥さんが、
夫が元カノ(数十年前だけど)とご飯を食べに行くと言っても、胸が痛くならないほど、年月が過ぎたら。
あなたに会って、これまでの数十年の「近況報告」をしてみたい。聞かせて欲しい。
「60歳になったらね。」
60歳で、世俗の感情に振り回されない境地に至れるのかは、わからない。
でも、まだまだ先に思えたので、とりあえず60。
「よし。頑張って60までは生きるぞ!」
そんな返事が返ってきた。
あれから5年が経った。
そんなことをすっかり忘れて日々は流れている。
でも、時折、たとえば、ガラガラになった道を、
マスクをして、足早に歩く朝の通勤時に、ふと思い出す。
「ああ。今、死んじゃったら、60歳になれないなぁ。」
それは、心残りだ。
そんな風に思える約束をしておいてよかったなぁ、と思った。
あなたに会える日まで、あと約10年。
ダレるわけにも、ましてや、死んでしまうわけにもいかないんだ。
「いつか」のその日が来るまで。
ちゃんと生きていきたいと思う。
あの人も、もし、今、こんな状況のなかで、
そう思ってくれていたら、ちょっと嬉しい。