さやみるきー(2)
2.みるきー
バスが名神高速道路を走り始めたころ、美優紀が隣の彩に言った。バスの外はもう日が暮れ始めている。
「彩ちゃんはなんでNMB受けようと思ったの?」
彩は美優紀の方を見た。美優紀の後ろの窓から西日が差していてまぶしかった。
美優紀は、彩がまぶしそうにしていることにすぐに気づいて、カーテンを閉めて西日を遮った。
彩は「ありがと」と礼を言った。すぐに気がつく子なんだなと思った。
「”彩ちゃん”はやめてや。彩でええよ」
彩がそう言うと、美優紀は嬉しそうに笑った。
「彩!じゃあ、うちのことは”みるきー”って呼んでな」
「みるきー?」
「そう。『ミルクと美優紀を混ぜるだけ。あっという間に、みるきー!』やで」
「何それ」
彩はあっけにとられた。
「何ってキャッチフレーズやん。『奈良県から鹿に乗ってやってきました』ってのもあるんやけど。どっちにしようか迷ってる」
当たり前のように美優紀は答えた。
「彩も考えなあかんで」
「キャッチフレーズか…。お披露目の時に要るんかな?」
「分からへんけど、早めに考えとかな」
「そうやな…」
彩が考え込んでいると、美優紀が言った。
「うちが彩の考えてあげる」
美優紀は首をかしげながら考え始めた。
「う~ん。何がええかな~」
彩は美優紀のアイドル活動に対する積極的な姿勢に完全に面食らってしまった。
ついこの間までは普通の女子高生だった彩は、アイドルになったという実感がまだわかなかった。それなのに美優紀はもうニックネームやキャッチフレーズまで考えているのだ。
その意識の違いに、彩は引け目を感じた。
「あ、こんなのはどう?」
美優紀は妙な歌を歌い始めた。
「ええよ。自分で考える」
彩は美優紀の歌を慌てて制止した。
「みるきーはなんでNMB受けようと思ったん?」
彩は美優紀に質問した。
「昔からアイドルが好きやったから」
美優紀は歌うのをやめて彩の質問に答えた。
「まあまさか自分がアイドルになるとは思わへんかったけど、友達とかに勧められて応募してん。最初はどうせ受からんと思っとったけど、今はなれてほんま嬉しいし、やるからには本気でやろうと思うねん」
「ほー、なるほど」と彩は相槌を打った。
「彩は?なんでNMB入ろうと思ったん?」
最初の質問に戻ってきた。
彩はうーん、と少し考え込んでから答えた。
「なんかキッカケが欲しかったから、かな」
「そうなんや」
美優紀は彩のざっくりとした回答にもっともらしく頷いた。
「じゃあ、アイドルにあこがれて、とかではないんや」
「そう」と彩は肯定した。
「そんな感じした」
美優紀はニコニコと笑った。
「彩はアイドル好きそうな感じやないもんな。もっとなんやろ、ロックバンドとか好きそうな感じ?」
「まあ、そうやけどな」
彩は図星されたことに少し釈然としないで言った。
「やっぱりな」
美優紀はフフフと不敵な笑みを浮かべた。
「明日は前田敦子さんや板野友美さんや大島優子さんに会えるってことやろ?楽しみやわ」
美優紀はおっとりとした口調でそう言った。
そこが一応、会話の一区切りだった。
どうにも掴みどころの無い子だな、と彩は思った。今までに接したことのないタイプだった。
*
いつの間にか彩は眠っていた。
夢を見た。
NMBメンバーが広いコンサートホールのステージ上に立っている。なぜかそのホールには天井がなく、頭上には満点の星空が広がっていた。
彩はその中から知っている星を探そうとした。しかし星たちは刻一刻とその光輝き方や位置を変え、その実体をとらえることはできなかった。
そのうち強い風が吹き始め、その星の大半をどこかへ吹き飛ばしてしまった。
彩は、「これは大変だ。早く星を集めてこなきゃ」と慌てる。
そんな彩を美優紀が呼び止める。
「星はうちが集めてくるから、彩はトロフィーもらっといて」
トロフィー?
それを聞いた彩は怒りが沸いてくる。
「トロフィーなんてどうだっていい。私が星を集めてくるよ!」
そう言われた美優紀も怒り出す。
「彩、なんで関西弁じゃないねん!」
「この後お披露目があるから標準語じゃないとあかんねん!」
言い合いになった彩と美優紀を他のNMBメンバーがまあまあ、となだめる。
それでも怒りが収まらない彩は暴れようとするが、しまいにはメンバー全員に取り押さえられてしまった。デッドボールを当てられて怒ったバッターを取り押さえるみたいに。
その時、ふと美優紀の顔を見ると、いつもニコニコしている美優紀が悲しそうに、寂しそうに泣いていた。
*
彩はハッと目を覚ました。
隣では美優紀がぐっすりと眠っている。
カーテンの隙間から薄明かりが覗いている。
美優紀越しに腕を伸ばして、カーテンを少し開けると東京の街並みを見ることができた。
雨が降っている。
(続く)
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