他の星から(3)

3.他の星から

 落ちる時に七瀬が感じたのは恐怖ではなく、孤独であった。自由落下する七瀬の体を止められるものは何もなく、誰もその時の七瀬に干渉することはできなかった。そのことをまざまざと実感した七瀬は、今まで感じたことのないほどの孤独感を覚えた。

 そして、実際には落下している時間は10数秒程度であったはずだが、七瀬にとってその時間はとてもとても長く感じた。その引き伸ばされた落下時間の中で、孤独が七瀬の心を急速に冷やしていった。七瀬はそれを寂しさという心の痛みとして感じ取っていた。

「早くみんなに会いたい」

 七瀬は強くそう願い、実際に地面に降り立ってみんなから抱きしめられたときは、心の底からほっとして、また涙が止まらなくなってしまったのだった。

 七瀬は帰りの移動のことをほとんど何も覚えていなかった。とにかく眠く、飛行機の中ではほとんど寝て過ごしていた。覚えていることと言ったら、時折ふと目を覚ました時に、生駒と絵梨花が飛行機の通路で意味の分からない歌を歌いながらヘンテコなダンス(おいでシャンプーだったかもしれない)を踊っていたことくらいだ。

 その時は眠気のあまり何も考える余裕がなかったが、後から思い返してみると七瀬はその光景に違和感を覚えた。いくら生駒と絵梨花とはいえ、一般乗客もいる中でそんな迷惑な行動をするだろうか。

 もしかしたらあれも夢の一部だったのかもしれない、と七瀬は思った。

* 

 飛行機を降りて、日本の地に降り立ったことはもはや七瀬の記憶には全くなかった。気がついたらマネージャーが七瀬の体を揺さぶっていた。七瀬は乗用車の後部座席でタオルケットにくるまって寝ていた。

 七瀬は妙に重たい自分の体をなんとか揺り動かして車の外に出た。ひやりとした空気が七瀬の頬をなでた。夜だ。時計もスマホも手元になかったので時刻は分からないが、かなり遅い時間のような気がした。

 視力が良くないので周囲がぼやけて見えたが、どうやら自宅のすぐ近くの裏路地であるようだった。

 しかし深夜にしては妙に明るい。上を見上げると、真上にとても大きな黄色い満月が、まるで七瀬に覆いかぶさるように浮かんでいた。その満月だけはいやにはっきりと見ることができた。グロテスクなまでに生々しい満月であった。七瀬はこれほど大きな月は、少なくとも記憶している限りでは今まで目にしたことがなかった。

 七瀬は月から目を離して周囲を見回すと、すでに一人ぼっちであった。マネージャーはいつの間にか帰ってしまったのだった。七瀬のキャリーバッグとポーチだけが残されていた。

 何も言わずに帰ってしまうなんて。七瀬は少し腹が立った。

 七瀬は荷物を拾いながらため息をついた。それから大きなあくびが出た。

 まあいいや。今日はもう寝てしまおう。とにかく眠くて眠くて仕方がないのだ。

 七瀬はふらふらとした足取りでキャリーバッグを引きずりながら、少し久々の自宅へと帰った。

 七瀬は朝8時に目を覚ます。

 スマホを見るとマネージャーから本日のスケジュールが通知されている。それを見て、少し急がなければならないことが分かる。

 七瀬は急いで身支度を済ませ、コンバースのスニーカーを履いて家を出る。

 七瀬は家を出てすぐ、世界はもう昨日までの世界とは違うということに気づいた。


(続く)

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