スケッチ「怪物の落書き01」

俺が家に帰ると、白い肌の裸の女がうつぶせに床に倒れていた。膝や肘などいくつかの関節が可動域を超えて逆向きに曲がっていて、指先は何かのリズムを取るように床を優しく叩いていた。

彼女は俺の帰宅に気づいてフローリングの床を舐めるように這い、俺の足元にたどり着いた。

「今までで一番ヤバい」俺は言った。

「どうして」彼女は鈴の転がるような音色で答えた。

俺は再び驚いて息をのんだ。「……喋れるようになったのか」

「初めから喋れた」彼女は手足をばたつかせ、壁を上りだした。「喋らなかっただけ」

「前の姿のほうがましだ。ずっとそれでいるつもりか」

俺はネクタイを緩め、ソファに腰かけた。彼女は今や天井に張り付いている。顔は見えない。

「何が怖いの」

「多分」俺は天井の彼女を見上げた。黒く長い髪が虫の触角のように動いていて、俺はそれを眺めながらテーブルの上のリモコンを手に取った。「人間に近い姿になったからだ」

「人間に近いのに怖いの?」頭部らしき部分からくぐもった声が聞こえた。

「だからこそだ。やるならもっと完璧に人間らしくした方がいい」

彼女は重力を無視して天井を動き回っていたが、やがて俺の真上に来ると、はちみつのようにゆっくりと俺の膝の上に"垂れて"きた。それは筋肉や皮膚で構成される液体だった。彼女は俺の膝の上で肉体を作り変えていった。

骨や肉が形を変え、位置を変え、人の形をかたどっていく。関節が正しい向きへ直り、最後に首が360°以上回転してこちらを向いた。そうして端整な顔の若い女が俺の膝の上に現れた。長い髪は腰まで伸びていたが、少しずつ短くなって、肩のあたりで縮小をやめた。

彼女は、部屋にあった雑誌の女優と同じ姿かたちをしていた。違うのは水着どころか一切服を着ていないという点だけだ。

「やればできるじゃないか。初めからそうしてくれ」

「あなたは怖がっているように見えない」

彼女は俺の顎を優しく撫でた。指先は少しざらついていて、少々残念だった。

「慣れてきてるだけだ」俺は言って、リモコンのスイッチを押した。「降りてくれ。テレビが見えない」

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