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【高橋純郎】2023.6.5 Garmin Unbound2023 100マイル 完走

リザルト

CP1 、給水所まで100マイルクラス 日本人トップに居たのに直後のコース分岐に気づかず200マイルコースへ。2時間以上ロスした後に戻って1000位近くから585位まで戻した、

Garmin Unbound 100マイルレースを走ってきた。
グラベルの祭典、世界でも最も有名なアメリカはカンザス州で開催されるイベントだ。
出るからには全力で楽しみたい。
※シクロワイアードさんの記事にも登場してます!


目標

・出るからには少しでも前の順位でゴールする
・機材トラブルなくレースを終える

機材

フレーム:Specialized S-Works Crux 54
F&Rホイール:Roval Terra CL
ハンドル:Roval Terra420
タイヤ:Panaracer Gravel King SK43Cプロトタイプ (前後1.85bar)
コンポ:Shimano GRX Di2 48-31/34-11
ヘルメット:MET Trenta
ペダル:SPD
サイコン:パイオニアCA600
ウェア:BIORACER
アイウェア:RUDY PROJECT

出走のきっかけ

グラベルに興味を抱き、一昨年末にCruxを購入してから「いつかは出たい」と考えていた。
昨年はUCIグラベル世界選手権を目指して、フィリピンのボンガボーンのUCIグラベル予選に出場して後半パンクをしたものの
世界選手権の出場権をゲットしてきた。しかし、世界選手権大会の開催情報がなかなか定まらず、結局決まったころには仕事の繁忙期と
重なり、仕事を休むことをできず出場を逃してしまった。

そんなもやもやを解消したくて昨年にGarminUnbound(UB)の抽選に思い切って申し込みんだ。
もともと旅が好きだし、アドベンチャーライドをしたかったのでぴったりだったのだ。

当選からレース前日まで

UBに当選がわかったころに、妻の妊娠がわかった。予定日は秋口頃である。
今後遠征に出れる機会も減ってくるはずなので、妻に相談して出場することに決めた。
今回もチーム代表の高岡さんと一緒となる。

GarminUnboundは、100マイルに出場する。ほぼ全行程グラベルの160kmほどのキツイものとなる。
フィリピンが半分の距離でキツイのだったのだから、UB100マイルがどれほどなのか。
幸い、春に宮古島トライアスロンを走ってそこまでにベースと距離耐性を作っていて、GWに台湾一周6日間でTTバー握って950km走り直前のひたちなかエンデューロも一桁順位に入った。

日に日にUBへのわくわく感がどんどん増していった。

5/30に成田からデンバーを経由してカンザスシティ国際空港に到着した。
ぼくにとっては初めてのアメリカ(除くハワイ)だ。しかもカンザスの田舎町で、もうずっと楽しみだった。
現地へは乗り継ぎ便に乗り遅れるなど多少のトラブルがあったものの、保険(カード付帯)もあるし、一日に複数便飛んでいるのであまり焦らず。
無駄に旅慣れているのかもしれない。


旅程は、レースが土曜日、火曜日夜、カンザスに到着して金曜日までレース会場のEMPORIAから1時間の距離のTOPEKAに滞在し、金~日はEMPORIA
月曜日早朝に帰国便に乗るので、日曜日夜は空港近くに泊まるという形である。

到着した翌日は、一日TOPEKA周辺をはしり、翌木曜日にEmporiaでコース試走、レース前日にemporiaの町に拠点を移した。
町全体がウエルカムな雰囲気で、会場となるメインストリートには世界中のグラベルライダーが集まっていてお祭り騒ぎとなっていた。
もう楽しい。

そんなわくわく感の中、実はしばらく睡眠が浅い状態が続いていてあまり寝れていないのが不安だったけど楽しみが勝っていた。

・あらためて目標
日本人トップあたりを狙えればと思っていた。
しかし、同じカテゴリの知っている日本人メンバーで、一人の女性を除けば僕が一番オフロード経験がない。ほぼ初心者である。
フィジカル面でもみんな乗り込んでいる。唯一勝るのは、海外でのロードレースとグラベルレース経験くらいだろうか。
結果としては、ほぼ最下位みたいな感じになるのだけど。

さてレースだ。

レース

スタート

いつも通りに準備して、レース会場着くまでに軽めにアップを済ませて列に並ぶ。200マイルは1時間以上前にスタートしている。
ここにいるのは100マイルの選手たち。

レース前の、どこかお祭りのような、でも緊張感も同居するトライアスロンのような雰囲気だ。
踏切の都合もあって、予定の7時から5分弱遅れてスタートの号砲がなった。ぶぅぶぶぶ~とトライアスロンでよく鳴るやつ。

現地で買ったサングラス

するする~と前に行き、先頭集団の中頃でグラベル区間に突入した。まず踏み固められたハードグラベルで、轍にそって2~3の縦列で高速に進む。前走者のお尻で路面は良く見えない。
穴や水たまりに砂利をいなしながら、クランクを回す。
登りや落車で生じる中切れを埋めて、ロードレースと変わらない密度とスピードであっという間に試走した区間を過ぎていった。空気圧が低いのか少しキツイが集団につく。
バイシクルクラブの編集長である山口さんが一緒だ。

WindowsXPの壁紙のような緑の丘陵地帯の中をはるか地平線まで灰色の道が一本続く。
自分はその中を砂煙を上げて進む集団に身を置いている。

感傷に浸る間もなく、前方に何か黒い群れが見えてきた。

水たまりと泥濘で、自転車から降りた選手たちの群れだった。
100の先頭集団もそこに突入すると、前が一気に詰まった。
早々に走る選択肢を捨てて、バイクを引いて行列に加わる。もう誰がどのカテゴリかわからない。

強烈なぬかるみだ。
粘土質の土壌と草が雨と1000人以上が通過した足跡でぐちゃぐちゃに耕されており、自転車とシューズにずっしりと重くまとわりつく。

とにかくぬかるみを避けるため、草のある所を押して歩て前の人を抜いて、担いでは歩く。
地平線の向こうの坂の上までどこまでも人の列が続いていた。
乗ってクリアするものもいるが数十メートル先で泥が激しく詰まって止まってしまい歩く僕がそれを抜く。

公式より
永遠に続くような…

ここは、観客も周りに家もない、広大な牧場の丘陵の農道。青空のもと、アメリカ中部の乾いた風と容赦ない太陽も泥とともに「巡礼者」の列を
苦しめていた。
滑ってコケる人、チェーンが切れた人、ディレーラーを破損して立ち尽くしている人、水たまりに浸かっている人まで...バイクラの山口さんだった。
水たまりにハマりながら写真を撮ってくれた。プロである。

まだレースは30キロほどしか進んでいない。
担ぐ歩く、乗れるところは乗る、泥詰まりをへらで掻き出す(ついでに写真を撮る)、ただそれを繰り返していくつかの丘をこえすすむ。

ようやく泥濘区間を抜けた。
天国か。誰がどのカテゴリーなのかさっぱりわからない。
けど、自転車に乗って前に進めるのがうれしい。

レース後に話を聞いたら泥濘区間は8マイルもあったらしい。。。

道を間違えて

ようやくグラベルを走り、アップダウンをこなす。もうたんたんと乗りながら写真を撮る。
いくつめの登りかわからないところでシクロワイヤードの綾野さんに声をかけていただき写真を撮っていただいた。

CW綾野さん撮影

給水地点について、補給を取り、ハイドレーションバックとボトルの水を交換した。
200マイルに出ているパナレーサーの方が給水で並んでいた。
しばらく中曽あたりが来ないかと待ったけど、来ないので先に進んだ。

丘陵地帯、横風か向かい風の中地平線の彼方までライダーが点々と続く。
脚の合う選手を見つけては隊列を組んで進むがしばらくするとなくなる。
途中には疲れて座り込むライダーやなぜか逆走する選手がいる。
途中棄権しても自力でどうにかして戻らなくてはいけないこのレース、戻れるところで引き返そうという算段か。

延々と前にいる選手を抜くのを目標に淡々と進み、川を横断して、丘を越え、森の中を抜けた。
広い斜度のある土の壁のような坂を上った後、高岡さんのサポートの方がいた。知った人の姿を見れただけでも本当にありがたい。力になった。

走行距離が100kmを超えたあたりでふと周りに違和感を覚えた。
ゼッケンが若い選手ばかりだ。コースも登りが多いし...引き返していた選手の顔が思い浮かんだ。
急に不安になり、坂の上で立ち止まり登ってくる選手のゼッケンの下に書かれたレースカテゴリをのぞき込む。
200,200,200,200...およ。でも100もあったような...サイコンはルートをロストしている。しかし選手は続く。

とりあえず乗車して前に進んで、T字路を南に進むルートをとり下る。すると前に長そうな登りがあるところが見えて気づいた。
違う。
200のコースを走っている...と思う。下りで立ち止まるとすれ違う選手がAnything Help? と声をかけてくれる。

しばらく立ち止まってスマホなどでルートを確認していると200を走るパナレーサーの3名が追いついて申し訳ないことに止まってくれた。
ここでコース間違いが確定した。
止まってくれたことに謝辞を述べ、コースを逆に歩き、どうにかT字路に戻った。そこに観客がいたので道を聞こうと思った。
T字路で改めて大会公式マップを確認して現在地と本来のルートを確認。大きくずれていた。まわりは人のいない広大な牧場だらけの丘陵地帯と砂利道。

カウボーイハットをかぶったおじさんに話しても、うまく話が通じなかった。が、若いにーやんが車でやってきて、何をしてほしいか聞かれ、本来のコースに戻りたいと伝え、地図をみせた。
とにかくマディソンを目指して走れとアドバイスをくれて、そこにGoogleMapの目的地を合わせ、乾いたチェーンにオイルを差す。
にーやんがさっと冷えたコーラを差し出してくれ、それを一気飲み干し、文字通り生き返った。そして謝辞を述べ走り出した。

持っててよかったスマホ

GoogleMapのルートで、途中で本来のコースに戻れることも確信して一人で誰もいないグラベルを走る。
大き目のルートを走っているときはHEDの大会関係者車両が声をかけてくれたりしたけど、本来のコースに戻る北に向かうルートを走るともう誰もいない。
時間は昼過ぎ、広大な牧場に牛が点々と佇む。太陽が照り付け、それを遮るものは何もない。スマホの電池が切れたら、自転車にトラブルがあったら、水分残量に気を付けなきゃ、、

道は当たり前だけど砂利道だ。動植物と虫しかいない以外はこれまで変わらない。目的は予定のコースに確実に戻ることとし、安全に振ってゆっくりと目的地に進んだ。

本来のコース
下の部分が間違えて走った200マイルコースの一部
分岐点、頑張って200マイルの人と走ってたみたいで分岐点気づかず。余計に走り、余計に登った

復帰

北上すれば必ずコースにぶつかる。時間的にもまだ最後尾より速いはずだった。
T字路からいくつかのアップダウンを越えて、時に自転車を押して歩き、20キロ弱1時間以上は走っただろうか。
自転車が横切る道が遠くに見えた。。。よかった。。。


これはコース上

コースに合流した。サイコンのナビも復活している。メーター読みで120km以上走ってきたけど、残り距離が79kmとある。160km部門なのに。
水分が心もとないが補給をとって、淡々とペダルを回した。おそらく最後尾に近いはずだ。脚の合う選手もいないので、一つでも前に進むため前の選手たちを目標に、できれば日本人選手たちに追いつくことができればと思っていた。

福田さんが撮ってくれた。復帰直後

ハイウェイを横切る一時停止地点でボランティアに水を1本乞い頂いた。命の水だ。
その反対側には棄権したチームの福田さんがいて、声をかけてくれた。バカって一言聞こえたけど、仲間と会えてやっと元気が出た(撮ってくれた写真を見ると安堵かめっちゃ笑顔)。

トライアスロンのように淡々とひとりで進み、補給ポイント(140km走ってるけど、本来の100km地点)で協賛企業のスポーツドリンクで頂き、残り60km。
追い風と思いきや強烈な横風か向かい風である。。。

200のエリートカテゴリ先頭集団にあっという間に抜かれた。
坂を上った角の私設エイドステーションがありがたい。水だけリフィルしてもらい、無心でゴールを目指した。

ゴール

前に選手たちが常にいる。それを抜かす。汽笛が聞こえる。町が近づいてきたことがわかる。線路を渡ると山口さんと再会できた。
少し言葉を交わす。もう一度気合を入れなおしてゴールを目指した。残り15km

後ろについていたはずの山口さんも切れて(なんか言われた気がしたが)、距離をカウントダウンしながら進んだ。
エンポリア州立大学の坂を残った力で駆け上り構内を抜ける。
少し目が潤んだ。

エンポリアのメインストリートに花道ができいて、大勢の観客の可手を上げてゴールした。
9時間以上かかっているけど、怪我無く無事に走り切ることができた。自転車にもトラブルがない。なによりのご褒美だ。
(一緒に来ていた旅のメンバーはとっくに引き上げていた。)

大会公式写真

すぐに土砂降りとなった。
その中、完走の喜びにひとり浸った。フフフとふいに笑いが漏れ、自分らしいなと思った。
その後高岡さんのゴールを皆で迎えるべく宿に戻ったメンバーを鼓舞して会場に戻った。

レースを走って

コースミスを疑い始めてから、それが確定し、コースに復帰するまで、おそらく2時間ちかくロスしたはず。でも無事にゴールに帰ってこれた。
機材のトラブルなく走り切ることができたのは、間違いなくバイクを調整してくれたRX BIKEスタッフのメンテナンスと、試作のグラベルキングSKを提供いただいたパナレーサー様のおかげである。
遅い速い関係なく、信頼を置いた機材でなくては走ることはできない。ありがとうございました。

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