06 夜学バーの成立要件(1) カウンターの形と立ち位置

 シリーズ「夜学バーの成立要件」第1弾は「カウンターの形と立ち位置」。

 すでにちらりと書きましたが、夜学バーのカウンターは「L字型」です。

席|
席|   店員
席|
席 \______
 席 席 席 席
      入口


 ↑こちらが夜学バーの模式図。
 すべての席からすべての席の人の顔が見える、というのがポイントです。
 夜学バーのテーマの一つは「みんなで一つの場を共有する」ということで、むろんその時には「悪くない雰囲気」が存在していなければなりません。
 公共の福祉(!)に反しない限り、誰かがつまらなかったり、さみしい思いをしているのは好ましくありません。人は小さなお店に多かれ少なかれ人との交流(会話に限らず、ただ同席するだけでも交流として)を求めてやってきます。純粋にお酒の味やアルコール成分だけを求めるのであれば、夜学バーというお店を選ぶのは悪手です。いわゆる王道のオーセンティックバーか、ストロングゼロ、もしくはその間にある何らかが選択されるべきでしょう。
 L字型カウンターは、その「交流」なるものが発生しやすくなるための仕掛けの一つ。交流と言っても、必ず何かしらの言葉や意思を交換しあわねばならない、ということではありません。「その場にいる誰も嫌な思いをしていない」ということが大前提で、話したくない人は話すべきではありません。しかし、話したくないという人でも、無視されたいわけではありません。ここが難しいところです。「ほっといてほしい」と「無視してほしい」は絶妙に違います。無視されず、しかし干渉もされたくない、というのが人心(ひとごころ)と僕は理解しています。
 無視されず、干渉もされず、しかし物欲しげな顔をしていたら、それに気づいてほしい。それが人情です。少なくとも、夜学バーのような小さなお店に好んでくるような方については。


 ところで実は、僕の理想はL字型ではなく、V字型だったりします。


    席 /
   席 /
  席 /  店員
 席 /______
 席 席 席 席
      入口

 こっちのほうが、「すべての席からすべての席の人の顔が見える」という要件をより満たしやすくなります。「交流」の発生可能性も高まります。
 

 A   /
   B /
 C   /  店員
  D /______
 席 席 席 席


 移動させられる椅子であれば、上図のようにもなれます。席の離れたAさんとCさん、BさんとDさんがお話をする、という状態を作りやすいわけです。

 ただ湯島の夜学バーは居抜き物件なので、そのままL字で営業しています。これはこれで、カウンター内が広くなるので、立ち位置を工夫したり、複数人が同時に働きやすいというメリットもあります。

 立ち位置、というのはけっこう重要です。


【図1】
席| 店員
●|
席|
席 \______
 席 席 ○ 席
      入口

【図2】
席|      
●|    店員  
席|
席 \______
 席 席 ○ 席
      入口

 ●と○はお客さん。
 図1は●さんに近く、○さんから遠い。
 図2は●さんと○さんと、同じくらいの距離。

 心理的に、図1だと店員と●は同じグループ、図2だと3者がフラットで対等、という印象になります。
 このとき大事なのは、店員が●と○とに対して「同様に開かれている」ということです。(これについては次回くわしく書く予定です。)

 ごく具体的には、図2において、店員が身体を両者に向かって均等に開く……すなわち図でいえば、左斜め下のほうに向かうようなイメージで立つと、店員と●○とがほぼ二等辺三角形(ないし正三角形)となり、「店員が二人のお客に対して対等に接している」という雰囲気になります。夜学バーではベースの立ち位置です。

「ベースの」ということは、そこを軸として動きます。ゆえに、わざと図1のような構図をとることもあります。
 図1は、「店員と●がグループ」「店員と●との距離が近く、○との距離が遠い」というイメージ。
 このイメージを利用すべきタイミング、というのが実のところ、あるのです。ここからはもう奥義というか、夜学バー専用テクニックみたいなものな訳ですが、少しだけ手の内を明かしてみます。


 たとえば、○さんがちょっと説教くさい人間だったとしましょう。その人が●さんに対して、「君さあ」みたいな感じでくどくど言っていたとします。●さんが萎縮して泣きそうになっていて、これは○さんのその態度を諫めたほうがいい、と僕が判断したとします。
 この場合、図1が適切な立ち位置である可能性が浮上します。実際には他にもいろんな要素を勘案するので絶対とは言えませんが、とりあえずここでは「すけだち!」とばかりに店員がこの位置をとり、「いや○さん、それはちょっと」みたいに言うと「タッグ感」が出ます。逆にここで、

【図3】
席|      
●|    
席|  
席 \___店員_
 席 席 ○ 席
      入口

 こういう立ち位置をとってしまうと、●さんは孤独に陥りかねません。「店員と○さんが一緒になってわたしをいじめる」という印象にもなるかもしれません。(考えすぎ?)


【図4】
席|      
●| 
席|
席 \_店員___
 席 席 ○ 席
      入口

 
 これは店員が●さんと○さんをさえぎる壁となるので、一つのやり方ではあります。ただ●さんはやはり孤独になりますし、場は完全に分断されるので、一時的な処置としては良くてもずっと続けるのは面白くありません。(実際、緊急避難として一時的にやることはあっても、僕自身はほぼ図4の技は使いません。)

 現実的には、●さんに加勢すべきタイミングでは図1のポジションをとり、次第に図2のフラットな状態に戻っていく、というのが良いように思います。


 僕はかつて演劇をやっていて、学校の先生をやっていたこともあります。いずれも「立ち位置」が非常に重要な仕事です。
 演劇では、舞台のどの位置に誰がいるか、というポジションが観客に与える印象は大きいですし、学校の教室でも、先生がどこに立っているか、によって授業の雰囲気や進み方はまったく変わってきます。
 ごく狭いですがバーカウンターの中でも、さまざまな面でそのような効果が常に発生しています。

 これは店員だけに言える問題ではなく、お客さんのほうも、どっちに身体を向けているかとか、どっちを見ているかとか、姿勢とか、椅子の微妙な位置どりとかで、お店の雰囲気や話題の進行方向などは変わってきます。
 店員が場をコントロールしようと思うのはおこがましい話。みんなが自由に振る舞うなかで、素敵な時間をつくっていくのが理想。ただ、そのためには「ただ自由」というのではなく、「自由をどう使うか」という意識が不可欠です。お客さんの一人一人が、「よりよい場にするにはどうするか」ということを考えて、たとえばちょっと身体の向きを調整してくださったりすることで、夜学バーというお店は成立します。

 となると夜学バーというのは、常に考えるとか意識するということが要求されるお店です。安らぎばかりではなく、適度な緊張感が存在します。酔っ払ってギャー! おれは自由だ! ウガー!!! ということは原則として許されず、「自分がいまどういうふうにしていれば、自分を含めてこの場はもっと楽しくなるだろうか」ということを考えてほしい、というようなお店です。

 この「自分を含めて」というのがみそ。「他人が心地良くなるために考える」のではなくて、「自分と、その場にいる他の人と、これから来るかもしれないまだ見ぬお客さん」のみんなが、少しでも楽しくなるように。そこには必ず「自分」が存在します。献身とか自己犠牲とか我慢というのではなくて、自分が気持ちよくなるためのことを考え、しかし「自分だけが気持ちよくなるのではいけない」という但し書きがつくような感じです。

 そんなお店は怖い、行きたくない、と思われてしまうかもしれませんが、こういうことを考えているからこそ、真に居心地の良い空間は出来上がるのだと信じます。いっぺんきて見てくださいませ。だいぶ心地が良いはずです。少なくともこんな文章を読んでくださる方ならば……。

 


【定型文】
 2022年6月のみ更新されるnoteです。毎日17時に投稿され、一定時間経過後にTwitterで告知されます。(企画詳細
 この1ヶ月はお店の営業がほぼありませんが、僕(店主尾崎)以外の人が何かをやっていることもあるので、ぜひホームページ等をご確認ください。僕もいるかもしれません。
「ぐうたらする」ゆえ今月は6桁の赤字が見込まれております。よろしければ存在への対価というおねだりページをご覧くださいませ。あるいはなんらかの方法で。

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