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リアルライブが無理になったオタクが蓮ノ空1stを観た

こんにちは。れんかと申します。

今回は、「ラブライブ!蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブ 1st Live Tour ~RUN!CAN!FUN!~」東京公演DAY2の感想記事です。

グラブルの記事とクソ記事しかやってこなかったのでめちゃくちゃ不安です。
何てったってこの部分を書いてる時点では、ライブ、始まっておりません。

そんなのってアリ!?

まぁ、記事の公開までの早さを競おうって訳でもないのにこんな形式を取ったのには一応訳がありまして。
タイトルにもある通り、この記事がリアルライブが無理になったオールドタイプ雑魚オタクによるレポートだからですね。

公演が始まる前に、自分の立場をはっきりさせた上で最終的な感想を書きたい、ってことです。

それでは、始まります。

そもそもリアルライブが無理って?

まずはこれでしょうか。

現代のオタク業界は、目を瞑って歩いていれば数歩でメディアミックスコンテンツにぶつかる、と言っても過言ではないでしょう。

一定の人気があれば単一のメディアのみで完結するなどということはまずありませんし、企画のスタート段階から複数メディアに展開する、なんてことも当然のように行われています。

その1つの手段として用いられるのが、声優さんなどによるライブです。

で、私はこれがいつからか無理になった、と。
一応経緯については下記リンクの記事にまとめておきます。半ば当然にはなりますが、他のコンテンツに対する否定的な意見を含むので閲覧の際はご注意を。

読まなくて済むように簡単に解説しておくと、そもそも「声優さんのライブ」というコンテンツ自体に魅力を感じないうえに、必然性のない、あるいは粗悪なメディアミックスが濫造されていく様子を見て嫌気がさした、というところでしょうか。

じゃあ何でこのライブに?

理由は大きく分けて2つあります。

1つ目は、区切りをつけるためですね。
ズルズルとメディアミックスコンテンツ、というかラブライブ!と関わっていたくないので、「さようなら」とか「ごめんなさい」とか「ありがとう」とか、何かしらの挨拶をするために来ました。

2つ目は、純粋に蓮ノ空の試みを応援してみたくなったからです。
完全に個人的な感覚になるのですが、蓮ノ空の各コンテンツ間の経路作り(?)は非常に必然性があると思っていまして。この辺りは後で詳しく書くことになるかもしれません。

以上2つが私の参加動機です。

それを踏まえて今回のライブがどうだったかと言うと…

感想

の前にさぁ、おい。待てよ。

ライブ前に書いた下書きを終演直後に開く
は?

何だ、コレ?



※この画像は過去の自分の浅ましさを叱責することのみを目的として作成されており、その他一切の含意を持ちませんことをご留意ください。


お前さぁ、舐めてんの?今回は真面目に書くって決めたじゃねーか?甘えてたのか?不安だったのか?

知るか。関係ねぇよ。腹切る覚悟で来たんだろうが。

お前が信じた、お前が願ったステージが見られないんなら潔く。って話だったよな。

で、どうだったって聞いてんだよ。
お前に。俺に。俺の魂に。











最高だ。

それ以上に言葉が必要だろうか。

最高のライブを披露してくれた彼女達や、賢明なる蓮ノ空のこと好き好きクラブの諸兄には不要だろうが、私には必要だ。今日という日に見たもの、感じたことを忘れないために。

だから書く。おちゃらけたことは書きたくないから文体も変える。ここからは、卒論を書くつもりでこの記事と向き合おう。色々あってゼミを辞めて書く必要のなくなった卒論に、だ。

改めて、始めよう。

蓮ノ空の"必然性"

まずは、この点に触れたい。

ここで用いる"必然性"という語には、多分に独自の用法が伴う。これは、元々は私がミステリを読む際に用いていた要素だ。

その"必然性"の解釈を、ミステリ以外のフィクション、さらに、コンテンツの展開にまで応用したものが、この記事における"必然性"だ。

参加動機の項で述べた通り、私は蓮ノ空が展開する一連のコンテンツに強い"必然性"を感じている。
まず、バーチャル×生配信という組み合わせの強さには、覚えのある方も多いだろう。加えて、現実とリンクしたコンテンツ内時間の進み方。
何よりも、各所で説明されるコンテンツのコンセプト。

バーチャルだけどリアル 少女たちと「いま」を描く青春学園ドラマ、スタート!

App Store紹介ページより

(省略)
変わらないものと変わっていくもの、
旅立つものと遺されるもの。
その中で煌めく青春を生きる6人の少女たち。

限りある時間の中で、精一杯に花咲こうともがく。
これは、そんな彼女たちの「みんなで叶える物語」――

公式HP ストーリーより

ここで改めて述べるまでもないかもしれないが、これらから『Link!Like!ラブライブ!』のテーマ、並びにコンテンツ展開の軸がタイトルにもある「Link」であることは十分に理解できよう。

同じ時間を共有することで、私たちの世界と作中の世界が「連動」していく。これが、『Link!Like!ラブライブ!』という体験の肝であると私は考える。

そして、私が特に魅力的に感じた点がキャラクターと声優のリンクだ。
時間の共有、という独自性を得た『Link!Like!ラブライブ!』にとって、リアルライブは無二の価値を持つ。

それは、空間の共有だ。

スクコネなどのライブ配信や、連動した時間によって私たちは蓮ノ空スクールアイドルクラブのメンバーと時間を共有することは可能になった。しかし、依然として空間の共有は果たせない。彼女らはバーチャルの存在だからだ。

他のコンテンツならば、少なくとも私はこの事実に早々に諦めがつく。しかし、蓮ノ空においてはそうはいかない。私たちは、既に時間という本来共有し得ないものを共有してしまった。それならば、それ以上を求めてしまうのが人の常だろう。

そこで、リアルライブが輝くのだ。
デジタルコンテンツによる時間の共有を補完する、空間の共有を行えるコンテンツとして絶対的なプレゼンス、すなわち"必然性"を発揮する。声のみならず、モーションキャプチャーを用いて、深くキャラクターを演じてきた彼女らが行うからこそ、リアルライブは真に空間の共有たり得る。

遠回りをしてしまったが、以上が私の考える蓮ノ空によるリアルライブの必然性だ。

公演自体の感想

いよいよ蛇足もいいところだろうが、感想記事である以上この点にも少しは触れたい。

まず、一般的なゲームで言うところのメインストーリーにあたる、活動記録を振り返るというコンセプトについては、流石の一言に尽きる。

1stライブである以上、このライブが蓮ノ空初見、という観客が一定数存在する可能性も考えられる。そうした観客には、振り返りは置いてきぼりにされない配慮として映る。

一方で、蓮ノ空を追ってきた観客には、繰り返し述べてきた時間の共有がここでも絶大な威力を発揮する。
何故なら、これは只のメインストーリーの要約などではなく、正真正銘、彼女らと共にあった時間の追体験なのだ。最古参勢ならば、アプリリリースからの半年間が3時間半という公演時間に凝縮されて流れ込んでくる。その感動はひとしおだろう。

総じて、1stライブとして想定できる全ての客層に対応した、申し分のないコンセプトであるといえよう。

続いて、楽曲についてだが、残陽が最高だった話やド!ド!ド!がとんでもなく盛り上がった話などは、私が触れるまでもなくもっと文章の上手い誰かが取り上げてくれるだろう。

なので、ここではDream Believersについて少し語りたいと思う。
この曲は、私が蓮ノ空にハマるきっかけであり、色々あった時期を支えてもらった思い出の曲だ。楽曲単体では、真っ直ぐな歌詞と歌唱に胸を打たれたし、蓮ノ空を知るにつれて、テーマ曲としてあまりにも相応しい歌詞から一層に愛着が増した。

他公演のセトリは極力見ないようにしていたが、活動記録の追体験というコンセプト上、Dream Believersは1曲目に来るだろうということは容易に予想できた。

そのため、公演が始まること自体がとても怖かった。もしも、これまでのように楽しめなかったら?大切な曲ですら何も感じなかったら?と考えてしまったからだ。

結果から言えば、全くの杞憂だった。
1曲目にも関わらず少し泣いてしまうくらいには素晴らしかった。来年4月からの可能性が現時点で大学5年生とプロ騎空士しかない人間が純粋に希望と感動だけの涙を流せるのか、と思った。

これくらいだろうか。
書けることはまだまだあるが、この先へ進めば「最高」が幾つ出てくるかをカウントする記事になりかねないので、感想はこの辺りで切り上げたいと思う。

最後に

最後にはなるが、参加動機の1つ目への回答をしたいと思う。

「今までありがとう。」

そして、

「これからもよろしくお願いします。」だ。

蓮ノ空は、どこまでも丁寧でどこまでも遠大なプロジェクトだ。これまでのラブライブ!シリーズが積み上げてきた実績が無ければスタートを切ること自体できなかっただろう。

そして、蓮ノ空は私に"いま"の大切さを教えてくれた。
ここまでは時間の共有の正の側面を強調してきたが、メンバーの卒業という明確な「終わり」を生み出してしまう、という点も無視できない。

だからこそ、尚更に"いま"を積み重ねていきたい。
数年後に訪れる悲しみを、空白への嘆きにしないために。

…本当に最後にはなるが、公演後に書いた部分については一切ふざけなどの要素は無いと、神田明神に御座すと聞くスクールアイドルの神に誓おう。

全ては、このライブの感動と興奮を仔細漏らさず伝えるために必要な表現手法だ。





蓮ノ空〜〜〜〜〜〜………………

最高〜〜〜〜〜〜!!!!!!!

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