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赤塚不二夫先生の復刊にまつわる思い出

「フジオプロ旧社屋をこわすのだ‼️展」を開催中のフジオプロ。赤塚不二夫先生の作品は、元職場で復刊に取り組ませてさせて頂いた。今日は後編で復刊思い出編。

 元職場の復刊の仕事で、赤塚不二夫先生の関係では二つの課題があった。1️⃣SSコミュニケーションズから1983年に出ていた「ニャロメのおもしろ性教育」。この本が多くの復刊リクエストを集めていた理由は、アッコちゃんの入浴シーンがあったからだった。そりゃあ男性だったら、誰しもアッコちゃんのお風呂は覗いてみたい。ご自身とお嬢さんのWヌードを週刊誌に披露するくらいの赤塚不二夫先生だったから、これくらいの掟破りは屁でもないのかも。しかしこの本は関係者との権利関係の難しさから、復刊の機会を得なかった。2️⃣「レッツラゴン」の2015〜2016年の復刊。この本は全7巻の前衛的な大作。この本はお嬢さんの赤塚りえ子さんからの復刊リクエスト。こんな才子佳人にオファーされたら、男として受けるのが当然。ところがさる巨匠へのデザイン依頼で問題勃発。その先生は奇抜なブックデザインで有名だが、その時に出たアイデアで編集者が困惑。困り果てて僕のところに「進退窮した」と報告。具体的には①巻によって本のサイズを変える②本の版面が斜めに切ってあって漫画のコマが一部切れている、など。内心で編集者に『こんな調停を俺に押しつけるなよ』と思ったが、やむを得ずオフィスを訪問。巨匠はオフィスのドアに「レッツラゴン」のキャラクターを描いているくらいの熱狂的な「レッツラゴン」ファン。だから思い入れも深かったのだろう。右から頼んでも左から言っても合意に達せず。正直言って流通出身の自分には理解不能な変化球だった。仕方ないので言いたくないことを言って、聞きたくないことを聞かされて訣別。結果的には別のデザイナーにブックデザインを引き継いでもらった。しかし最終的には苦労した甲斐があって全巻刊行を果たせた。野呂さんの協力で江東区「のらくろ館」で、赤塚りえ子さんや武居記者を呼んで完結トークイベントを開催できたことは盛り上がって楽しかった。


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