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鈴峯紅也「警視庁公安J ダブルジェイ」

鈴木紅也「警視庁公安Jダブルジェイ」(徳間文庫)。「警視庁公安J」シリーズ第5作。自分もシリーズ初読みなので、先ずはシリーズ概要。警視庁公安部の警視正である小日向純也。現役総理大臣の小日向和臣を父に持つ。しかし幼少時に海外でテロに巻き込まれて、傭兵部隊に拾われて育つ。そのため、非常時における冷静さ残酷さ、常人離れした戦闘能力を得る。日本復帰後は名家の出身にして優秀ということで、公安警察でエリートキャリアを積む。しかし、その破天荒な行動と家系で、警視庁でも扱いかねる存在となり、独立組織としてJ分室を与えられ、そこでJ分室長として、暇にあかすことになる。部下には猿丸俊彦警部補(セリ)、鳥居洋輔(メイ)の曲者と、事務の大橋恵子が在籍。
 今回のテーマは自衛隊の海外派遣。ジブチ、東ティモール、南スーダンなど世界各国の紛争地や被災地に派遣されている。陸上自衛隊では、南スーダンから帰還した自衛隊員たちを、鎌形幸彦防衛大臣や矢崎啓介・防衛大臣政策参与が迎えた。自衛隊退官前の矢崎は、陸上自衛隊中部方面隊第十師団長・陸将で、純也の格闘術の恩師でもある。迎えられた自衛隊員の中には、師団長時代の矢崎啓介の手塩にかけた部下たちもいた。中でも風間彰は部下であるだけでなく、防大時代の後輩であり、富士学校で幹部レンジャー資格を取らせた間柄だった。帰国後は八戸勤務となった風間と、矢崎は中間の仙台で再会を約す。仙台には同じ釜の飯を食べ、やはり南スーダンに派遣されていた堂林圭吾や土方保明も集まって、杯を交わして旧交を温めた(あらすじ紹介でどうでもいいような部分だが、後にここが重要なポイントとなる)。
 歌舞伎町でキャバクラ帰りに刺殺された、外務省経済局経済安全保障課長の根本泰久。しかし事件は捜査一課が本格的な捜査に入る前に、国テロ(国際テロ担当の公安部外事第三課)から横やりが入る。続いて、元シンガポール全権大使だった川島宗夫が旅行先で溺死。さらに岡副前防衛省顧問までもが殺害される。さらには病死寸前の三田悟前首相までもが、命を狙われることになる。はぐれ独立集団として捜査に関わったJ分室のメンバーも、捜査過程で黒いバラクラバの男に襲撃を受ける。格闘時に残された物証から、純也は自衛隊内部の犯行ではないかと目星をつける。矢崎の協力を得ながら、次第に事件の輪郭と次のターゲットが見え始めてくる。そして復讐の最後の舞台に、J分室のメンバーは集結する。
 専守防衛と後方支援の自衛隊海外派遣。それは外務省が国際的な日本のポイントを挙げる絶好の機会。しかし自衛隊員を現実に危険に晒すリスクを、防衛省も自衛隊も歓迎しない。戦死者を出したり、出されたりすれば、国内世論も海外感情も刺激しかねないからだ。外務省と防衛省の政治的駆け引きと、その裏に自らを守るための自衛隊の秘匿された数々の特殊部隊。読んでいて、とても創作上の話とは思えない。現実に稲田防衛大臣が南スーダン業務日誌の廃棄隠蔽で、国会審議で追い詰められていた現地治安情勢を鑑みれば、充分にあり得た話だ。2017年3月18日には、自衛隊員5名が南スーダン現地で、政府スーダン軍に誤って連行されている事実もあった。読んでいて、背中に刃物を当てられたようなリアルさが真に迫る。現地の自衛隊員の恐怖や危難を、政治的な駆け引きにしか使わない政治家たちへの怒り。それを代弁してくれるのが、主人公の小日向純也だ。「鬼っ子」と言われながらも、その人脈と財力でスーパーマンとして、事件解決の裏で真の黒幕に煮え湯を飲ませる。政治というより、政治家不信の日本でこそ生まれた、酸いも甘いも噛み分けた正義のヒーローである。
https://www.tokuma.jp/book/b512066.html

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