#248 試合見に行かない方がよかった女
前日の決勝戦に勝ち、甲子園に出られることが決まった次の日、僕はユキちゃんに別れを告げられた。
「なんでだよ。急に別れようだなんて。ひどいよ。」
「ごめん。」
「俺ユキちゃんのために昨日の決勝戦頑張ったのに。それなのに。もしかして俺が野球ばっかりやってて、あんまり会えないから?」
「そうじゃないの。」
「じゃあなんで。俺理由が知りたいよ。」
僕が尋ねると、ユキちゃんはゆっくりと口を開いた。
「私、昨日の決勝戦でたっくんが野球やってるところ初めて見たんだ。私楽しみにしながら球場に行ったんだ。それなのに、いざ試合が始まったら・・たっくんのフォームがすごい変則的だったから。」
「え?」
「私たっくんが野球部のエースで県内でも注目されてるすごいピッチャーって聞いてたから、きっとカッコいいところ見れるんだろうなって思ってたのに。それなのにたっくん、すごい変なフォームで投げてて。たっくんが投げるたびに、球場がざわついてて。県内でも注目されてるってそういう意味だったのね。」
「え、あ、うん。」
「野球素人の私でさえ、うわ・・なんだあの投げ方って思ったよ。その時に私、たっくんに対して初めて気持ち悪いっていう感情が芽生えちゃったの。」
「いやあのフォームはさ、いろんな試行錯誤の結果ああなったんだ。勝つためにはああするしかなかったんだ。」
「いや、わかるよ?でもわかるんだけど、たっくん、すごい球も遅かったし。私たっくんがエースって聞いてたから、てっきり剛速球投げるのかと思ってたのに。それなのに90kmくらいの遅い球投げててさ。相手ピッチャーは140kmぐらい投げてたのに。」
「それが俺の持ち味だから。」
「うん、そうだよね。いっぱい努力した結果ああなったんだよね?わかるよ?でも私の彼氏って・・変則ピッチャーなんだっていう現実がどうしても受け入れられなくて。なんか嫌なの。」
僕は今まで嫌らしいピッチングをするって相手チームから言われてきたけど、まさかユキちゃんにも同じこと言われる日が来るなんて。僕は悲しくて涙が溢れてきた。
「せっかくユキちゃんのために頑張って、甲子園に行けることになったのに。こんなのおかしいよ。」
「ほんとごめん。でも私、たっくんが甲子園に行くことも怖くて。だってあの変則フォームがさ、全国区になるんだよ?NHKで大々的に放送されてテレビの取材とかいっぱいくるよ?そんな全国的に変とされてるフォームのピッチャーの彼氏なんて・・・私耐えられない。」
「そこまで言わなくてもよくない!?」
「だから別れましょ?今後たっくんと色んな場所行っても、あの気持ち悪いフォームがちらついちゃうと思うから。」
「いやだよ!俺こんな事で振られたくない!」
「でももう無理なの!もう他に好きな人ができちゃったから。」
「え?誰?」
「陸上部のエース、ハシモトくん。」
「ハシモト!?」
ハシモトは僕のクラスメイトでよく喋る仲の良い友達だ。なぜだ?なぜよりによって僕の友達のことを好きになったんだ?
「ハシモトくん、長距離走やっててすごい速いんだ!この前練習中の走ってる姿見て、すごくフォームが綺麗だったの!」
「え、なんでフォームで男選ぼうとするの!?」
「だから、ごめんなさい。」
「ちょっと待って!」
僕はユキちゃんを呼び止めた。仲の良いハシモトについて、一つ伝えておかなければいけないことがあったから。
「なに?」
「ハシモト、長距離走やめて競歩に転向するらしいよ。」
「え、競歩って・・あのすごいスピードで歩くやつ?」
「そう。」
「ちょっと待って?競歩って全員フォーム変よね?」
「まあ、両足が地面から離れちゃダメだからね。」
「いやよ。そしたら私、また変なフォームの男の彼女になっちゃうじゃない!」
ユキちゃんは今にも泣き出しそうだった。
「嘘よ!そんなはずないわ!たっくん私に嘘ついてる!」
「ホントだよ!俺仲良いから知ってるんだ!」
「嘘よ!私信じたくない!」
「ホントだって!もう長距離走は限界感じちゃったんだって!だからこれからは競歩でいくって!先週の休み時間に言ってた!」
ユキちゃんは泣き崩れた。
「私はこれから一体どうすればいいのよ!」
「フォームで男選ぶのやめなよ!」
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