#647 コーヒーを飲みに来た男
ノブオは喫茶店の扉を開けた。
「おかえりなさいませ、ご主人様!」
メイド服を着た若い女が出迎えた。
「あの、1人なんですけど。」
「かしこまりました!おかえりなさいませ!」
「おかえりなさいませ?」
「では今からお屋敷の方にご案内しまーす!お屋敷の中にどうぞ!」
「お屋敷?あ、すみません。お屋敷とかは別に大丈夫なんですけど。」
「はい?」
「席に案内していただけませんかね?普通にコーヒー飲みに来ただけなんで。」
「私たちの世界では、お席ではなくお屋敷となっております。」
「……ん?」
「ではお屋敷にご案内しますね?」
「え、ちょ、ん?ああ、この店は屋敷っていう……そういう設定?なんですか?」
「まあ……そうです、ご主人様。」
「いや、ご主人とかじゃなくて。僕ただの客です。やめてください、過度な接客。それ日本のよくないところだと思うので。」
「………私たちの世界では、ご主人様とお呼びさせていただいております。」
「あ、普通にやってもらって大丈夫ですよ。」
「………これが普通なんです。」
「ああ。えっと、それはなんていうか……マニュアルみたいな感じなんですか?」
「……ちょっとよくわかりませんけども。私はご主人様の案内人をさせていただくメイドでございます。」
「会話があんまり苦手なのかな?お姉さんは。」
「………いやあ。」
「まあいいや。席案内してもらってもいいですか?」
「かしこまりました。お客さま、ご帰宅でーす!」
「あ、いやいやいや!帰宅って、ここ僕の家じゃないんで。」
「ええ、まあ。あのー…」
「あ、あれか。これもマニュアルのやつか。ごめんなさい。」
「マニュアルとかはよくわからないんですけど…。」
「あ、でもあれですよね?ここが僕の家っていう設定なら、屋敷をご案内しますっていうのは矛盾がありますよね。案内しますっていう表現だと、初めてここに来たみたいなニュアンスにも取れますけど、でもご帰宅っていうことは、ここは僕の家っていう設定なんですよね。なんかちょっと矛盾してるような気がするんですけど。そこは処理しなくて大丈夫なんですか?あ、それともなんか20年ぶりに帰ってきた息子みたいなイメージなんですかね?で、なんかリフォームした家を案内する的な?だとしたら…」
「ご案内しまーす!こちらへどうぞ!」
メイドはノブオを無理やり席に座らせた。
「さあ、それでは私からご主人様にとっておきのプレゼントがございます!」
「え、なんですか?」
「我がお屋敷でのメニューとなっております!ジャジャーン!」
メイドは手に持っているメニューを開いた。
「まずこちらは…」
「あ、アイスコーヒーで。」
「あ、一回説明させてください。こちらが萌え萌えみっくちゅじゅーちゅです!こちら頼んでいただきますと…」
「あ、アイスコーヒーで大丈夫なんで。」
「他にもご主人様ぴったりのメニューが…」
「アイスコーヒーで。」
「かしこまりましたぁ!」
メイドは店の奥に下がった。
しばらくするとメイドがアイスコーヒーを持って戻っていた。
「お待たせしましたご主人様!こちら特製のアイスコーヒーです。」
「あ、どうも。」
「あ、ちょっと待ってください!今からコーヒーが美味しくなるおまじないかけてもよろしいですか?」
「………クスリやってます?」
「やってません。おまじないがあるんです。かけてもよろしいですか?」
「あ、いや。静かにコーヒー飲みたいんで大丈夫です。」
「でもせっかくなら!」
「いや気持ちで味変わらないんで。」
「じゃあなんでうち来たんだよ!!!!!」
メイドは声を荒げた。
「さっきからお前なんなんだよ!静かにコーヒー飲みてえやつがメイドカフェ来てんじゃねえよ!!!!ドトールとか行けや!!!!」
「いや、ドトール行きすぎて飽きたんで。たまには違う店行ってみようかなーって。」
「違いすぎるだろ!普通のカフェ行けや!なんでメイドカフェなんだよ!」
「………メイドカフェ?」
「メイドカフェ知らねえのかよ!!」
「わかんないですけど。店の名前ですか?」
「ちげーよ!バカなんだよこい………あ、そちらのお客様追加のおまじないですか?少々お待ちください!」
メイドは隣のテーブルに移動した。
「美味しくなーれ!萌え萌えキュン!はい、おまじない完了です!失礼します。」
メイドはノブオのテーブルに戻ってきた。
「こういうことだから!これをやれよ!」
「やっぱクスリやってますよね?」
「やってねえっつってんだろボケ!もう出てけ!お前出てけよ!」
「ちょっと待ってください!まだコーヒなんでないから!」
ノブオはコーヒーを一口飲んだ。
「う、うまい!ここのコーヒー、世田谷区で一番うまい!」
「いや、料理の味にはそんなに重きを置いてない店のコーヒーが一番だって思えるなんて!舌も馬鹿なんかい!」