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#629 臨場感のある男

ノグチが休憩室に入ると、イシバシが椅子に座ってうなだれていた。

「おい、どうした?」

ノグチは心配そうに声をかけた。

「ああ、お疲れ。」

「なんかあったのか?」

「聞いてもらえる?」

「うん。なになに、どうした?」

「さっき部長にすごい怒られてさ。」

「えー、なんでなんで?」

「呼び出されて部長のところ行ったら、その時点ですごい怒っててさ。」

「うん。」

「イシバシお前さ、俺が昨日頼んだ資料コピーしといてくれた?って。」

「うわあ・・。」

「昨日頼んだよな!明日の朝までに資料コピーしておけよって!どうなんだよしたのかよ!!!!」

「・・・・。」

「こんな感じですごい怒鳴られて。」

「うんうん。」

「で、忘れてたっていうのを正直に伝えたら・・・・お前忘れてんじゃねえよ!!!!え、お前さあなんだったらできるんだよ!仕事はしない、会議でもろくに発言しない!その上資料のコピーすらできない!お前本当に何もできねえな!」

「・・・・。」

「もうすごい剣幕なのよ。」

「うんうん。」

「お前マジで最近マジでやばいぞ?このままだとウチの部署のお荷物だよ!お前だけだよ!何も結果出してないの!マジで一回ちゃんと考えた方がいいぞ?なあ、わかってる?」

「・・・・。」

「おい、本当にわかってんのかよ?なあ、どうなんだよ?」

「え、これ俺が怒られてる?」

「は?」

「俺が怒られてる?」

「いや、僕が部長にそう言われたっていう話だよ。」

「だよね。なんかお前の話聞き始めてから、だんだん落ち込んできちゃってるんだけど。」

「なんで?」

「いや、なんか臨場感ありすぎて。俺が言われてるみたいな気分になっちゃうんだよ。やっぱり聞くのやめてもいい?」

「待ってよ!聞いてくれるって言ったじゃん!」

「いや、言ったけどさ。」

「誰かに聞いてもらわないと立ち直れないよ俺。お願いだから聞いてくれよ!」

「じゃあ聞くよ。聞くからもっと軽い感じで話して。」

「うん。で、まあ謝ったんだよ、部長に。でも全然許してくれなくて。これから頑張りますって言ってるけどさ、前もそうやって言ってたよね?もう信用できないんだよ、お前のこと。なあ!おい!わかってんのかよ!お前に言ってんだよ!」

「え?」

「お前だよ、お前!」

「え、俺?」

「そうだよお前だよ!お前しかいねえだろ!」

「え、ちょっとやめて?」

「やめてじゃねえよ!」

「え?」

「お前のことを信用できねえって言ってんだよ!このままだとお前本当にやばいよ?ねえ、わかってんの?・・って言われちゃって。」

「もうやめて!」

「え?」

「なんなの?なんでお前の話そんな体験型なの?何回か会話したよね俺と!」

「してないよ!」

「なんか俺泣きそうだったもん!」

「は?なんでお前が泣きそうになってんの?」

「いやだってお前の話が臨場感あるから!」

「泣きたいのはこっちなんだよ!お前が泣くのは違うだろ!」

「え、ちょっとなんだよ・・」

「少しはこっちの身にもなれよ、このバカタレが!!!!・・って感じで部長止まらないのよ。」

「境目どこ!?」

「え?」

「なんか自然に部長のパートになってたけど!境目わからなすぎて怖かったよ今!ちょっと俺もう無理だわ!他の人に話して!」

「ちょっと待てよ!」

「もう無理だわ!」

「待てって!」

イシバシはノグチの肩を掴んだ。

「なんだよ、離せよ!」

「どこ行くんだよ!」

「もう仕事戻るんだよ!」

「そうやって逃げるのかよ!!!」

「いや、逃げるとかじゃねえよ!」

「いい加減にしろよ!!!!!」

イシバシはノグチの頬を思い切り殴った。

「ふざけんじゃねえよ!・・って感じで部長ブチギレ。」

「殴られたんだけど!」

「あ、ごめん。」

「なんで殴られたの俺!?」

「伝えたくて!」

「勘弁してくれよ!伝わりすぎちゃってるよ!」

「よかった。」

「なんもよくねえよ!」

「同じ気持ちになってほしかったんだ!」

「は?」

「なんか一人で落ち込んでるの嫌だからさ!同じ気持ちを共有してる人が欲しかったんだ。」

「こいつやばいわ。」

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