旧・三行物語集(1990-2007)

1 23時55分

「たいへん、たいへん」

蛙が言いました。

「早く帰らないと、魔法使いのばあさんに人間にされちまうよ」


2 十五夜

うさぎは今日も月を眺めていました。

「ああ」かれはいいました。「ぼくは本当はあの国の王子さまだったんだ」

青白い月は今日も彼を見下ろしているだけでした。


3 真実

「鏡よ鏡、この世で一番美しいのはだあれ?」

女王は、魔法の鏡にききました。

「おお、それはこの世のどんな美しいものでも映すことのできる、わたしです」


4 自己申告

教師が採点をしていた。

ある解答にマルをつけたら、「それはバツだ!」と答案が怒鳴った。

ひざの上の猫がけたけた笑った。


5 乗車拒否

駅に到着した電車が口を開けて大きなあくびをした。

吸い込まれまいと後ろへ逃げたところ、「ハアックション!!」

お客をみんな吐き出して、走っていった。


6 価値

ムーヴィーの帰りにビー玉が転がっていくのを見つけた。

慌てて追いかけて拾ってみると、そいつは猫の目玉だった。

ああ! つまらんね!


7 忘れ星

子どもの頃、星を拾った。こっそり地面に埋めて、そのあとすっかり忘れてしまった。

数十年たって思い出し、掘り返してみると、穴の向こうで自分がこちらを覗いていた。

「お疲れさま」と言われ、埋められてしまった。


8 そんなことで

突然龍がやってきた。狭い我が家には頭しか入らない。

長い胴体を家の前の道路に横たえた龍は、数時間の渋滞を引き起こした。

どうして龍がやってきたのか、その理由はあまりにくだらなくて書く気がしない。


9 空のスイッチ

空から垂れている紐を引っ張ったら、暗闇になった。

もう一度引っ張ったら、翌日になってしまった。

やれやれ、今日は寝不足だ。


10 胡蝶の夢

「夢の中で飛ぶ蝶が現実の自分で、いまの自分は夢じゃないかと思うことがあるんだ」

荘周は言った。

「心配いらねえよ。寝ても覚めてもお前は蝶だ」、仲間の蝶が言った。


11 胎内回帰

風邪をひいた。鼻水が大量に出て部屋をいっぱいにし、水槽の中のようになった。

仕方ないので、鼻水の中でふわふわ浮かんでいると、大きな魚がやってきた。

「私はお前のお母さんだよ」といって、自分を飲み込んでしまった。


12 女優は口説けない

女の子を映画に誘い、映画そっちのけで口説いた。

彼女は呆れ、スクリーンに飛び込んで、主人公と駆け落ちしてしまった。

残された映画女優から、さんざん悪態をつかれた。


13 エネルギー保存の法則

腰が痛いのでマッサージに行った。

マッサージ師は腰をぐっと押してなにかを搾り出す。

一時間後、バケツ一杯の灯油がとれた。これで今年の冬もしのげそうだ。


14 家主の責任

家の大黒柱がうんうん唸っていたので、どうかしたのかと聞いた。

「いえね、持病の腰痛がひどくて」

その日からずっと、大黒柱の代わりにこの家を支えている。


15 貸出中

S市の図書館から年に一度、あらゆる本がなくなる時期がある。

すべての市民が限度いっぱいに本を借りてゆくためだ。

返却日までの二週間、からっぽの図書館は一センチほど宙に浮いて夢をみる。


16 図書館と本

図書館は二階の一番奥の棚、左から五冊目の冒険小説になって読まれる夢をみた。

目が覚めて、図書館は自分が本でなかったことを心から残念に思った。

当の冒険小説は、二十年間誰からも借りられることなく、惰眠をむさぼっている。


17 旅の準備

地図屋にはどんな場所の地図でもあるという。

困らせてやろうと、でたらめな地名を言ってみたら、一週間後に地図が届いた。

その土地を目指して旅をしているが、いまだにたどり着けない。


18 価値**

カラスは靴下をコレクションしている。それも片足だけ。

家のガラスを破って盗んでいくのだが、文句を言うものはいない。

カラスはガラス破りに宝石を用いるからだ。


19 ブルー

秋の空は青が深くて吸い込まれそうになる。

実際のところ、空は吸い込まれる人を待っていた。

けれど、誰も来ないので、ますます青色を深めていく。


20 お互い様

ある日突然妖怪が見えるようになった。最初のうちは怖かったがすぐになれた。

かわいいやつもいるので話しかけたが、無視された。こちらの姿は見えないようだ。

たまに見えるやつが現れるが、こちらのことを妖怪でも見るような目で見て逃げる。


21 ないものねだり

泥棒に入られた。

犯人は三角定規だった。

丸みを盗もうとしていたらしいが、そんなもの、やつに使いこなせるわけがない。


22 音源

空中庭園でお茶を飲んでいると、素敵な音楽が聞こえてきた。

お茶を飲みほすと、音楽は身体の中で鳴っていた。

トイレで音楽が流れ出してきたことは、いうまでもない。


23 連鎖

風船の中に小人がいた。

小人はシャボン玉を吹いていた。

シャボン玉がはじけると、風船もはじけ、小人もはじけて消えた。


24 いのち短し

打ち上げ花火を眺めていたら、小さな火の玉が落ちてきた。

冷めるのを待って手に取ると、種の形をしていた。

庭に植えて一年ほどすると、ポンという音とともに芽が出たが、一瞬で消えた。


25 引き算

妻が卵を産んだ。

そのまま放置してテレビを観ているので、見かねて暖めることにした。

しばらくして思いやりが孵り、妻は以前よりも酷薄になった。


26 彷徨

砂漠を歩いていた。水はもうなかった。

それでも歩き続けた。蜃気楼を越え、忘却を越えた。

自分が消え、それでも歩き続け、まだどこにもたどり着けない。


27 冬の居場所

秋だと思っていたが、冬だった。

冬はなにも言わずに椅子に座った。

この部屋には椅子がひとつしかないので、冬の間中立って暮らすことになった。


28 狙われやすいひと

若く美しい女性のもとに吸血鬼がやってきた。

吸血鬼はなにもせずに項垂れて帰っていった。

彼女がうんざりした様子で、穴だらけの首すじを見せたから。


29 非在の嘘

オオカミ少年は言った。「ぼくは、どこにも存在していない」

人々はそれをどうしても信じることができなかった。

だから、いまだに少年の存在に悩まされている。


30 夢の移動距離

眼が覚めると見たこともない場所にいた。

まだ夢をみているのかと思い、もう一度寝た。

何度目覚めても、覚えている場所で目覚めない。


31 永遠なんて

一瞬と一瞬の間に永遠がある。

いわば、フィルムの映像が映っているところが一瞬で、永遠はその周りの黒い部分。

つまり、永遠なんて一瞬を支えるだけのものに過ぎない。


32 神の選択肢

あなたが私を信じる限り、私は神でいることができる。

あなたがあなた自身を信じるならば、あなたが神となる。

あなたが神を信じなければ、世界が神となる。


33 たいしたことではない

幽霊が住み着いて半年になる。

思っていたほどの不便はない。

困ることといえば、近しい人たちが次々にこの世を去っていくことくらい。


34 愛のありか

あなたが私を裏切っていることは知っている。

知りながら、知らないふりをしてあなたに抱かれる。

それが私にとっての最高の裏切りであり、最高の快楽。


35 呪いの効用

望みが叶った翌日に死ぬという呪いをかけられた。

一日でも長く生きられることを望んだ。

おかげで、いつまでも死ねない。


36 世俗から逃げて

空を切り裂くように突き立つ岩山のてっぺんに家を建てた。

時折、天使たちがやってきてお茶を愉しむ。

話題は神様の悪口と悪魔との色恋沙汰。地上のほうがましだった。


37 おもい王さま

王さまはときどき沈む。

今日は肩の辺りまで沈んでしまい、首だけで政務を司った。

すべて沈んだら、次の王さまを捕まえに行かなければならない。


38 抽象

くしゃみをした拍子に口から抽象が出てきた。

会話を試みたが、なにしろ抽象なので具体性がない。

思い切ってひと息に飲み込んだら、今度は耳から表象がこぼれ落ちた。


39 考えられない

Sさんは言葉と絶交してしまったので話ができない。

身ぶり手ぶりで感情を表現しようとするけれど、どうもうまくいかない。

なにしろ言葉と絶交しているので、考えることもままならないのである。


40 嘘でいいから

嘘みたいにきれいな空だと思ったら、本当に嘘だった。

本当の空は嘘の空のあまりの美しさに自信をなくして、姿を消した。

嘘の空はいまや本当の空となり、もっと美しい嘘の空の出現にびくびくしている。


41 銀河

抽斗の中に銀河を集めていた。

銀河同士があまりくっつかないように注意しなければならない。

さもなくば衝突し、ぶざまに太り、私たちのいまいる銀河のようになってしまう。


42 貴婦人

中世の貴婦人を描いた絵を見ていると、貴婦人が話しかけてきた。

面倒なので次の部屋へ逃げたら、絵の中を渡って追いかけてきた。

そこはキュビスムの部屋だったので、美貌の貴婦人は少しかわいそうなことになった。


43 感染

家の前に女が立っている。だが、誰もそのことに気づかない。

外出するとついてきた。私にくっついて離れようとしない。

気がつくと、私もまた誰にも気づかれない存在になっていた。


44 すべてはここにある

海が見たくなってバスに飛び乗った。

窓から潮の匂いがしてきたとき、バスは停留所に止まった。

降りるよりも先に少女と海が乗り込んできた。降りる必要はなくなった。



45 運命のひと

朝目覚めると小指に赤い糸が結ばれていた。

糸をたどっていくと、とても素敵な女性にたどり着いた。

彼女はこの世のものとは思えない笑みを浮かべ、赤い糸で私の首を締めて殺した。


46 大物

沈んでいく太陽を釣り上げた。

太陽は困惑した様子でぴちぴちはねた。

オレンジの雫が滴り落ちて、世界は燃え上がった。


47 笛

ハーメルンの笛吹きの笛が壊れてしまった。

子供を連れて行くはずが、大人ばかりがついてくる。

それを見て子供たちはいつまでも笑っていた。


48 結局何人?

酒を飲んでいたら、隣のやつにからまれた。

よく見ると、それは自分だった。

そんなややこしいことはするなと、厨房の中から自分が怒鳴った。


49 猿の女房

森狙先描く猿を眺めているうちに、猿の気持ちになった。

家を飛び出して、山の中でしばらく猿たちと暮らした。

帰ることにしたのは、ボス猿の女房が妻に瓜二つだったから。


50 同化

アクアマリンがあまりにおいしそうだったので食べた。

つるりと喉を通って鳩尾のあたりに収まり、そこで成長をはじめた。

身体が石に侵されていく。自分が透明になっていくような快感。


51 思索

水の中、立ち並ぶ柱の間を歩いていく。

光は柱頭にようやく届くだけで、あたりは闇に包まれている。

歩きながら考える。天使と心中したときに、かれがつぶやいた言葉の意味を。


52 乗り遅れた男

安宿の物置のような狭い部屋に入る。

明滅する裸電球のまわりを、羽根の切れた蛾が飛びまわる。

還る船はもうない。手にあいた穴から血が止まらない。


53 怪談

考え事をしながら階段を降りていたら、いつまでたっても階下へたどりつかない。

ハテ、と見回すと、上にも下にも先が見えないほど階段が続いていて、途方に暮れる。

死んだ弟が上ってきて「やあ」といって通り過ぎた。振り向くともう姿はない。


54 知らせ

総務の女性が書類を持ってきた。

ざっと目を通していると、メモがはさんであるのに気づいた。

私は彼女の幸せを願って、机から拳銃を取り出す。


55 捕囚

美しき青年は水の中で睡る。

夢は見ない。現実を夢のように生きる。

目が覚めると、世界を呪いながら女たちに犯される。


56 どこでも

目の前に突然ドアが現れた。

行きたい場所を考えながらドアを押した。

鍵がかかっていた。


57 船

男は三ヶ月前に水夫になった。まだ海を見たことはない。

山の中腹にあるこの街に流れ着いた船長に雇われた。

船長は言う。「俺の船は鉄の帆でできているから速い」男は目を輝かせて聞く。

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