そちら側に立った時
人生100年時代、だなんて言われる世の中で33年と5ヶ月目にしてこの世との急なおさらばしなくてはならないかもしれない、なんて出来事があった
たった2週間弱の間に起きた出来事であっても、こちら側にならないと身をもって実感できないそんなことを忘れないように綴っておこうと思う
5月初旬
大型連休の真っ最中、シャワーを浴びながら鼠蹊部に大きなしこりに気づく
1.2cmほどの大きさで、何よりとてつもなく硬い
そしてそこに鎮座しているかの如く動かない
しこり 動かない 硬い 検索
ネットをひらけばどの病気や症状も最後は死に至るということを書いている、ということはよくわかってはいたものの、
「柔らかいしこりは大丈夫だけど硬いものは、、、」の文言が多いこと
聞いたことのある大病がいくつも並べられていて一気に不安になった
連休明けに受診を繰り返したのち、医師からMRIの検査をすすめられる
これはかなり堪えた
家族の前では気にしないふりをしていても、1人になると不安は募る
息子と夫が愛おしければ愛おしいほどに苦しい
このタイミングで両親が私の家に遊びにきてくれた、5時間の長距離運転の末
家族との楽しい時間時間の中で当たり前に出てきた、未来の約束
みんなで動物園に行こう
来年には旅行に行こうね
夏にはまた実家に遊びに帰るね
こんな話を受けながら、病気をしていたり病気の可能性があるとき、人は未来の約束が苦しく辛いものになることがある
母が大病をした時、26歳だった私は
また行こうね、
また来ようね、
なんて言葉をかけながら(また来れるよ)と心の声を含みながらかけていたような気がする、良かれと思って
相手に重たくならないように、また行こうねとかけた言葉を相手である母はあの時どんなふうに受け取っていたんだろう
笑っていた母の心の中でわたしとおなじように気持ちの揺らぎがあったろうか
もしかしたら母は何も気に留めていないわたしの取り越し苦労であればそれはそれで良いのだけど
その立場になってはじめてわかる気持ちは
まだまだたくさんあるんだな
気づけたことは他にもたくさんあったよ、わたしのしこりで
健康でいられることに感謝して生きよう
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