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期間限定の樽前VOR/DME

(2020年11月時点の「やぶログ」記事です。一部を修正し、加筆しました。)

苫小牧市に新たな航空保安無線施設ができました。その「樽前VOR/DME」を観察してみます。

仮設VOR/DME(ボルデメ)

樽前VOR/DMETME)の場所は国道36号の苫小牧東インターの入口付近で、国道からも見えます。住所は苫小牧市ウトナイ北9丁目。

VOR : VHF Omnidirectional radio Range、超短波全方向式無線標識施設
DME : Distance Measuring Equipment、距離測定装置

苫小牧市植苗には、以前から千歳VOR/DMECHE)が設置されています。その無線局の機器やアンテナ類を更新するときは、電波を数か月にわたって止める(停波する)必要があります。千歳VOR/DMEは、航空路やRNAV経路を構成しているだけでなく、新千歳空港や千歳飛行場の進入・出発方式にも使われているため、CHE停波中の代替施設を整備することになりました。それが今回紹介する「樽前VOR/DME(TME)」です。

RNAV : Area Navigation、広域航法(読みはアールナブ)

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▲ 千歳VOR/DMEと 樽前VOR/DMEの位置(Googleマップに加筆)

千歳VOR/DMEは、滑走路18L/36Rの南側ほぼ延長線上にあり、36R末端から8.5kmほどの距離です。そのCHEから、さらに南側1kmほどの空き地に樽前VOR/DMEが設置されました。

そう、樽前VOR/DME(TME)は、千歳VOR/DME(CHE)更新工事のための仮設VOR/DMEなのです。2020年6月にTME設置工事が始まり、同年7月~12月の間で試験電波を発射する計画(AIC 035, 18 JUN 2020)になっていました。しかし、その後のノータム(1611/21 NOTAMR 0283/20)で試験電波の発射期間が2021年4月21日までと変更されました。そして、その翌日(22日)からTMEの正式運用が始まると同時に、千歳VOR/DME(CHE)が運用休止されます。CHEの更新は同年9月まで。9月9日に新たな機器に生まれ変わったCHEの電波が再び発射されると、仮設の樽前VOR/DMEは役目を終了し解体…という流れです。

仮設VOR/DMEは、日本各地に設置されている既設のVOR/DMEに代わって働く期間限定のパート労働者です。ですから、組み立てや分解が容易で繰り返し使用しやすい構造になっており、機器はシェルタに収められています。

樽前VOR/DME

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▲ 樽前VOR/DMEの外観

カウンターポイズ(円形状の反射板)上にドップラVOR(DVOR)アンテナとDMEアンテナが配置されています。DVORのモニタアンテナは一方向だけしかありません(通常は3方向監視)。新千歳空港の滑走路01Rに進入する787型機が上空をかすめていきました。

DVOR : Doppler VOR

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▲ 樽前VOR/DMEのカウンターポイズ

仮設とはいえ、高さ9.6メートル、直径30メートルのしっかりしたカウンターポイズが立っています。反射面は、千歳VOR/DMEのようにしっかりとしたグレーチングではなく、おそらく軽量化のため細い金属メッシュのように見えます。

・grating : グレーチング、格子

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▲ 下から見上げるVOR/DMEアンテナ

アンテナカバーや支柱などはすべて白く塗られています。近ごろは更新されるとオレンジ色になるので、昔のような白はかえって新鮮な感覚です。カウンターポイズの反射面は、人が通る部分だけ強度が高いグレーチングになっているようです。

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▲ 樽前VOR/DMEのアンテナ、拡大

カウンターポイズという円盤の中央にはDVORのキャリヤアンテナ(CAR ANT)が、それを中心にした円周上に48個のDVORサイドバンドアンテナ(SB ANT)が配置されています。CAR ANTの上には、3本のワイヤで補強されたDMEアンテナが立っています。アンテナ素子はこれらのカバーの中に入っています。

ANT : Antenna、空中線
CAR : Carrier、搬送波
SB : Sideband、側波帯

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▲ 樽前VOR/DMEのモニタアンテナ

3素子のDVORモニタアンテナと鳥除けは最近のものと同じですが、一方向だけしか監視しないところが仮設の大きな違いですね。既設DVORが3方向で受信するのは、サイドバンドアンテナ1本の不具合も見逃さない意味もあるのですが…。まぁ、深いハナシは止めておきましょう。

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▲ 樽前VOR/DMEの送信装置シェルタ

カウンターポイズ直下のシェルタの中に、VORとDMEの機器が収められているようです。仮設とはいえ、カウンターポイズの基礎はしっかりと造られています。これだけの構造物ですから設置工事に5千万円ほどもかかったようです。

CAB : Civil Aviation Bureau、(日本の)航空局

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▲ 樽前VOR/DMEの階段入口

カウンターポイズに上がる階段には、こんな表示が…。これは東芝製DVOR。

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▲ 緊急用エンジンシェルタ

このシェルタにはエンジンと発電機が入っているようで、排気管らしきものが見えます。シェルタから出たケーブルが地上を這って送信装置シェルタにつながっていました。

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▲ 「CAB VOR/DME」コンテナ2

1から5までのコンテナが並んでいました。どれも「CAB VOR/DME」と書かれています。それらの隣りに並ぶ、やや小ぶりの「CAB VOR/DME」コンテナと併せて6個あります。これらのコンテナの中に、分解したカウンターポイズやモニタアンテナなどを収めて保管・輸送するのでしょう。

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▲ 木の柵とゲート

この柵もコンテナに収めるのかな。

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▲ 旭川空港の仮設VOR/DME(Googleマップ)

樽前VOR/DMEはGoogleマップには写っていませんが、2018年の旭川VOR/DME(AWE)更新時に設置された仮設の上川VOR/DMEASE)の画像がありました。樽前VOR/DMEも上から見ると、こんなかんじでしょう。

千歳VOR/DME

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▲ 2020年11月の千歳VOR/DME

まもなく更新工事が始まる千歳VOR/DMEも確認しておきましょう。紅葉もほぼ終わり、道の駅ウトナイ湖の展望台からも少し見やすくなりました。高さ7メートル、直径50メートルのカウンターポイズはこのまま使用されるのでしょうが、アンテナ類は新しいオレンジ色になりそうです。背後の山は支笏湖畔にそびえる風不死岳(ふっぷしだけ、標高1102.3m)です。

現在のVOR/DME局舎は撤去されるようです。発電装置がシェルター化されるという入札公告が出ていましたので、VOR/DME機器が収められるハコも大幅に変わるのでしょう。

202142200時(日本時間)からの千歳VOR/DME停波に伴ってとられる代替措置は、概略次のとおりです。停波は9824時まで。

・樽前VOR/DME(TME)の一時運用
・位置通報点の一時設定/一時変更
・航空路の一時変更
・RNAV経路の一時変更
・直行経路の一時設定/一時変更
・エンルート待機経路の一時設定
・千歳飛行場における飛行方式(標準計器出発方式、計器進入方式)の一時設定/一時変更
・新千歳空港における飛行方式(標準計器出発方式、標準計器到着方式、計器進入方式)の一時設定/一時変更
・札幌飛行場における飛行方式(標準計器出発方式、転移経路)の一時設定

詳細は AIP SUP_NR031/21_25 MAR 2021 をご確認ください。52ページにもわたる内容から、千歳VOR/DMEがいかに幅広く利用されている施設なのかが分かります。(丘珠空港にまで影響が及ぶとは、おどろき!)

入札公告によれば、「千歳VOR/DME更新工事」にはVORとDMEの機器類の更新だけでなく、樽前VOR/DMEの撤去まで含まれています。工期は2021年12月28日まで。次の雪が積もる前までに、予定どおり安全に工事が終わるといいですね。


※ 特記のない写真は、2020年11月、やぶ悟空撮影


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