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命は思いだ。

犬を飼いたいと思った。
お店の中に入ると命の音がドクンドクンと僕の頭に響いてくる。ああ、命って買えるものなのか。そう思った。僕は犬のことはさっぱりなので、お店に行ってみてそこで僕の目に留まった犬を買おうと思った。だがいざお店に足を踏み入れると、やつらは潤った目で僕を見てくる。やめろ、そんな目で僕を見るな。お前にはもっといい主人ができるよ、僕よりお金をもってて、ドッグフードも最高級のもので、夜景が綺麗な高層マンションの最上階の主人がな。なにが嬉しいのかわからないがその犬のシッポは止まらない。その犬を横目に僕は他の犬を見ようと立ち上がった。
犬を数えるときは一匹、二匹と数える事は小学生でも知っていると思う。でも僕は一人、二人と数える。一匹、二匹と数えると命ある生命がなにか動かない単なる物のように見えて仕方ないからだ。一個、二個とさして変わらない。僕が一人、二人、三人と犬をみていると、生まれつきかはわからないが足の悪い犬がいた。店員さんにこの犬の事を聞くとやはり生まれつき足が悪いらしい。このまま置いておいても買い手が見つからないだろうと言って、来週まで買い手が見つからなければ保健所行きらしい。
そんなのあんまりだ。悪いのはこいつじゃない。僕はその子の値段を見た。珍しい犬種らしく、値段は僕の財布の倍以上だった。僕はその子に一言ごめんねと言ってお店を出た。
それから一週間経ったがあの子のことが気になって仕方なかった。
見殺しにしたのは僕なんじゃないか、なんであのとき店員さんに話しかけてしまったのか、自己嫌悪感に苛まれる。
僕は仕事終わりにこの前のペットショップに立ち寄った。
足の悪いあの子を探すが、そこにあの子の姿はなかった。そうか、いないのか。
これからあの子の行き先を聞いて引き取るか迷ったがそれもしなかった。僕は一度あの子をころしてしまったのだ。そんな資格は僕にはないと思った。
それから僕は結婚をして、妻と可愛い一人娘の三人家族で暮らしいている。娘は口癖のように犬を飼いたいと言っているが僕も妻もかれこれ理由をつけて断っていた。
ある日、会社の同僚が犬を引き取ってくれないかと言ってきた。同僚は犬を飼っていて、その犬が子供を産んだらしい。
同僚にその話を持ちかけられたとき僕はとっさに断った。あの子の事を思い出したからだ。僕の他にも犬を飼いたいと思っている人は山ほどいるのだから、その人が引き取ってくれればいいと思った。案の定引き取り手は見つかった。僕がその人の家に行くと引き取った犬が静かに座っていた。
鳴かないんだね、いい子だね。そう言うと、この子足が悪いから、うまく歩けないのよ、だからこうしてる方が楽なんだよきっと。と言われた。
この子、足が悪いから全然引き取ってくれる人が見つからなかったのよ、でもね足が悪いからって何かが変わるものじゃないでしょ?この子はこの子だし、足が悪いからこの子なのよきっと、そりゃあ足が悪くないに越した事はないけどね。
僕は用ができたから帰ると言ってそこを出た。もう一度犬を見に行こうと思った。娘もきっと喜ぶと思うし、何より僕自身のためにもう一度行こうと思った。家にいる娘を連れ出す為に一旦家に帰った。
玄関を開けると妻と娘が喧嘩している声が聞こえた。
ドアを開けなさい!と娘の部屋をノックしている妻に僕が何があったのか聞くと、娘が捨て犬を拾ってきたらしい。
ようやく開けてくれた娘の部屋に入ると、小さな娘が子犬を優しく抱いていた。
僕がその犬を抱っこしようとすると娘が痛いから気をつけて抱っこして、と言った。なにが痛いのだろうか。その犬をよくよく見ると前足の片足をうまく動かせていないことがわかった。あの日、あのお店にいたあの子なんじゃないかとおもった。僕は泣いてる娘に言った、明日動物病院に行こうね、名前はそれから考えようね、それから僕は泣いてる娘とその犬を強く抱きしめた。
この子はあの子ではないけれど、僕は大切に育てようと思った。あの子に与えられるはずだった愛情をこの子に与えようとおもった。
命は記憶だ。命は思いだ。命は愛だ。
玄関を開けるといつも元気よく迎えてくれる家族が一人増えました。
マル、来週散歩行こうな。
                  end