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矢部明洋のお蔵出し 日記編1999年8月

▼8月某日・MTB初レース

  日置町で開かれたマウンテンバイク(MTB)の3時間耐久レースに愚妻とのペアで初めて出場した。「レース」とか、「3時間耐久」とか言葉は仰々しいが、要するにお祭り気分の草レースである。「市民マラソン大会みたいなもんやね」などと言いながらリラックスムードで参加したのだが、いやはや、予想は裏切られましたよ。
 コースが海を望む絶景の地なので、前日からテント持参のキャンプ&バーベキュー。愚妻にそそのかされた、私の弟も、遥々京都から、急造チーム(3人)を編成し同行した。なのに、文字通りの我が愚妻、前日買出し冷凍した肉、魚を車に積み忘れるオオボケをかましてくれた。おかげで長門市内で急きょ買出しのやりなおし。7人の同行者全員からは当然の大ブーイング。
 昼前にレース地に着き、キャンプ場でテント設営。続いてバーベキューと海水浴の支度をして眼下の日本海へ。海がキレイ。ところが、ここでも、おおぼけ愚妻がやってくれた。テント場(車で5分)に焼肉のタレを忘れたのである。全員、ブーイングの元気もなくしてへたる。
 だが、なんとか実弟の後輩が関西人らしいノリを駆使し、隣合わせたバーベキューグループから調達し急場はしのげた。
 その夜のテント場は風が強く、デリケートな私は少々不眠気味。しかし、その他のメンバーは(10カ月のテント初体験のみえぞうも含め)爆睡。育ちの違いが出た。
 さて、明けてレースの日。
 前日、みえぞうに眼鏡を壊された私は裸眼でデコボココースに臨まねばならないので、スタート直前、試走してみた。ここで前日までのレジャー気分は吹き飛んだ。こわごわゆっくり走っても、急坂すぎて怖い。なのに、他の出場者たちは平気な様子でぶっ飛ばしてゆく。のろのろ走っていると「右側行きまーす」とか言って命知らずの男女が追い抜いて行く。 (これがレース本番になると「右、行くよー!」とか「右っ!!」なんて殺気だった怒声を浴びせられながら追い抜かれて行くことになるのである)  試走を終えた私は「たとえ人の邪魔になろうが怪我だけはしまい」と固く決心した。
 そうしていると、やはり試走に出ていた弟がかえってきた。開口一番、「しゃれにならんでー!」。
 続けて「普通のスポーツいうもんは、こんなことしたら危ない、というもんやけど、これは普通にやって危ない。アカン。もう出えへん」と言い出す始末。
 結局、愚妻を除く男子4人はカルチャーショックを受けたまま、出走の時を迎えた。
 途中から雨が吹き降りになる悪天候やシューズのトラブルもあったが、試走で「怪我だけは避ける」との方針を打ち出した私は比較的冷静に3時間を走りおおせた。めでたし、めでたし。
 一行は湯田温泉で泥を落とした後、我が家で連日のバーベキューで打ち上げして、愚妻が忘れた肉を消化した。ホント、誰も怪我せず何よりでした。
 

▼8月某日・腰痛また悪化

  しばらく腰痛問題に触れなかったが、実はちょくちょくプールに通い出すようになってから調子がよい。腰に負担をかけずに運動するのが良いようだ。
 ところが夏休み入った途端、悪化した。
 原因は、みえぞう!
 休みになった途端、愚妻に面倒みろ、と命令され、頻繁に抱いたりしたことが悪かったようだ。何しろ10kgありますから。この小僧は。
 それで、腰の調子が悪くて寝転んでいると、愚妻が暇なら面倒見ろとにらむ。いたたまれず、抱っこして、ますます悪化。本当に愚妻の顔が鬼に見えました。これからは「愚妻」改め「鬼妻」と呼ぶことにしました。 

▼8月某日・ブルータスがまたやった

  ブルータス(雑誌ね)をほめるのは癪なのだが、最近でた「少年ブルータス」という少年漫画特集号は読み応えがあった。
 作品のセレクションと抜粋シーンのセンスが抜群によい。ページ繰りながら、我らが世代はなんて豊かな物語世界を共有しながら成長できたことか、と至福感すら覚えた。
 読み手に、そんな感慨を抱かせるに至った要因は、この号の体裁である。週刊少年漫画雑誌大の大きさで紙も、あのざら紙。リアルタイムで、熱くなって読んでた当時の感興が呼び覚まさされてしまう。加えて、やはり、漫画は雑誌の大きさで読むのが正道だ。作者が意図する表現が読み手に伝わりやすい。単行本ではやはり小さい。文庫に至っては邪道だ。感動の大きさは、コマの大きさに比例するよ。 

▼8月某日・成人の日には山口瞳を

  田舎ではお盆の15日に成人式をやってしまうのだと初めて知った。新成人に大学生が増えたため、1月より8月の方が帰省期間が長く出席率も良いからだという。
 そういうわけで、15日出番だった私は山口県の、とある町の成人式を取材に行った。
 冬と違って女子は浴衣姿が多かった。国旗・国歌法が国会を通った直後とあって君が代の斉唱もあった。成人式を見るのは本当に10年ぶりくらいだが、あいも変わらず、あいさつする町長さんや議長さんのはなむけの言葉はホント~~~にしょうむなくて腹が立ってきた。「福祉と○○な町作り」とか実に心のこもらぬ紋切り型のフレーズを、初めて見るようなおっさんに講釈たれられても白けるよナ、新成人諸君。
 ずいぶん前から成人式での私語など、若者のマナーがなっとらんと言われるが、主催する自治体の姿勢も偽善や虚礼丸だしなんだから、そりゃ祝ってもらう方も有難迷惑、退屈するのも無理はなかろう。
 税金使ってやるなら、あいさつに立つトップは若い連中にインパクトを与えるようなセリフを吐いてくれ。
 山口瞳が生きてた頃、成人の日の新聞には必ず、彼が新成人に酒の飲み方を通じて大人の心得を説く(水割り専用アルコール製造会社の)広告が載った。付いている柳原良平のイラストもよく、毎年楽しみにしていた。毎年4月1日付の新聞でも新入社員向けの同様の広告も担当しており、これらをまとめた『新入社員諸君! この人生大変なんだ』という本を門出に立つ若い人にはお薦めしたい。
 

▼8月某日・直木賞を読んだ

  桐野夏生が直木賞を取った『柔かな頬』を読んだ。
 面白くなかった。『OUT』の方が面白かった。『OUT』で賞をあげればよかったのに。今回の直木賞も出し遅れの証文みたいな感じ。
 『柔かな頬』で最も面白かった人物は風俗のおネエちゃん。『OUT』もそうだったが、この作者は、こういうだらしない女やみじめな女を描かせると巧い。それが彼女の芸の見せ所のようだ。世評は登場人物のうちで、末期癌の刑事なんかを誉めてるが、あの手のキャラは高村薫にはかなわないんだから、自分の資質を見誤ることなく自堕落女を書き続けてほしい。
 もう一つの受賞作『王妃の離婚』は現在、取りかかっている最中だが、良質のマンガのような展開で面白い。しかし、これに賞をやるなら浅田次郎は『鉄道員(ぽっぽや)』の前に候補になった『蒼穹の昴』で受賞すべきだったんじゃないか。
 

▼8月某日・衝撃の岡崎京子

  岡崎京子の『Pink』を読んだ。
 たいしたもんだよ、このマンガ。奥付を見てショックが倍化した。10年前の作品なんだよ。何で誰も教えてくれなかったの! という感じ。
ちょっとオーバーかもしれないが、大島渚の映画を初めて見た時に似た、興奮だ。映画は、時代をつかまえられなくなって沈滞が続いている。多分、小説もそうなんだろう。でもマンガには岡崎京子のような才能が出てるんだねー。小説も映画もマンガに負けてるよ。
 続けて彼女の90年代の作品『愛の生活』を読んだ。『郵便配達は二度ベルを鳴らす』みたいに、読み手の思い入れをかき立てる、映画化してみたいような出来。
 鬼妻によると、そんな岡崎京子なのに、旦那と夜、道を歩いてて、酔っ払い運転の車にはねられ、休筆が続いているという。何てこったい。
 夜はサイバラの『ぼくんち』を読んだ。泣けた。
 女流漫画家恐るべしである。

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