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林家正楽、死す 1998.07.02 矢部明洋

 紙切り芸の林家正楽さんが亡くなった。
 東京の寄席をのぞくと必ずといっていいほど、その姿を舞台に見つけることができた。 昨春、長期出張で東京に滞在していた頃、出掛けた池袋演芸場で拝見したのが最後となった。

 白い一枚紙とはさみ一つで舞台に立ち、「七五三」とか「羽根突き」とか動きのある情 景までも切り抜いてしまう芸だった。しかし、落語ファンというのは落語目当てに出掛け るわけで、正楽さんら色ものの芸人さんが出てくると、ちょっとがっかりするのである。 しかし、芸が始まると、「あ、以外と面白いなー」と気づき、大笑いしていたりする。新 宿の末広亭の高座などはちゃんと落語を演らない人なんかもいるもんだから、寄席を出る 頃は「なんだ、正楽で一番笑ったなー」なんていう時もあった。
 正楽さんは、舞台で切った作品を、お客さんにくれた。客席がガラガラの日でも、結構 、もらうのには競争率が高かった。
 地方に居て一番こたえるのは、いろんな芸が見られる寄席がないことだ。落語なら人気 のある芸人が独演会をやったりする。一日一日、日本らしい風情が失せてゆくような現代にあっては、寄席は実に豊穣な空間だ。正楽さんの死は、そんな貴重な空間からまた一つ彩りが消えてしまった寂しさを感じさせる。

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