見出し画像

ソファの上から

リハビリがてら、現状を記しておこうと思いました。読み返したらわりと暗かったけど、楽しく過ごしてますので、優しい人たち、どうか心配なさらないでね。

******

ここ2・3年の私は手足を失った人形のように、道端に転がっているだけでした。
脳みそも真綿に包まれたようにぼんやりとしてほとんど機能せず、自分の感情に名前をつけることもあまりできない状況です。

ほとんどすべてに対するモチベーションを失って、酔っ払ったときにシラフの自分の一挙手一投足を真似る感覚と似たような感じで、いつかの自分を真似して日々を過ごしています。

今私がしていることといえば、YouTubeや漫画の更新を待つことや、Netflixの番組をひたすら眺めることが主で、待ってばかりであまりにも暇すぎています。
思えば「待っていれば好きなものが提供される」ということに慣れきってしまったのかもしれません。

その原因を考えてみて思い当たるのは、いつかバズっていたツイート(ポスト)の「人生の当事者意識が足りない」ということです。
多くの共感をよんでいて、普遍的な悩みのようですが、深刻です。
問題は「待っていれば誰かがいい感じにしてくれるんじゃないか」と思って、いじけていても、誰もいい感じにはしてくれないことです。
言葉にするとバカバカしいけれど。

思い返せば、これまでも私はずっといじけていました。

小学生時代の私は肥満児で、ベイマックスをポニーテールにしていただければそれです。
一重で太っていて、ずっと自分の身体や顔にコンプレックスを持っていました。
私が褒められるのは、勉強ができること(その地域では珍しく進学塾に通っていたので)でした。私にとってそれは命綱でありつつも、手放したい気持ちもありました。
私の手柄っていうか親の手柄だな、とか思ってました。

中学は、中高一貫の女子校に進学しました。
そこは勉強ができることだけが唯一の取り柄だった私より遥かに勉強ができる人たちばかりでした。
顔が可愛い人も多くて、みんな自信に満ちあふれているようにみえました。
彼女たちは一を聞いて十を知り、しかも努力家でした。
勝てねぇと思い、私は勉強すら手放しました。
幸い、友人に恵まれたので、高校生のお小遣いで食べられるナイスなランチに一緒に行くのを楽しみに生きていました。

運よく引っかかった私立大学に入学し、女の子たちの可愛さに愕然としました。
ぬるま湯で過ごしてすっかり人見知りだった私はその輝きに震え上がって何もかも嫌になり、大学に行かずに映画とかみてました。
バイトをして小銭を手に入れたうえに時間もあったので、趣味がどんどん増えていきました。そしてコロナウイルスが流行し、就活ショックを受けて今に至ります。

今の私はかつて増やした趣味で日々を繋いでいます。
映画やお笑いは面白いですが、受動的でつまらない毎日です。
なんかやりたいが、なにもやりたくない。

書き出してみると、恵まれた部分には無自覚でありながら卑屈でひねくれていて、あんまり友達になりたくないですね。
頑張れよ、という気持ちになる。

最後に、日々ソファの上でスマホを見ている私に教えてあげたい台詞を引用して終わります。

旅行記を読むとき
わたしはヨーロッパの石畳を踏みしめ
砂漠の熱風を吸い込んでいます

かつてのアイドルの写真集を見ながら
コンサートの喧騒のさなかにいます

死を描くすべての作家が
読む読者が
死を体験していないようにわたしは
でも死を知っているように
わたしは死んだことがあり

わたしは

竜を見たことがあり
宇宙のにおいを知っている

100メートルを9秒で走るときの風の音も
男の子の気持ちも
まだ発見されていない新種の花も知っている

どこにあってもわたしたちは自由です

ヤマシタトモコ『花井沢町公民館便り』より

世界は私次第なのかもしれないと思えるね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?