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焼きうどん2

「えぇ…今から?」
「そう、今から行こう」
「何言ってるの笑 明日仕事でしょ」
「休みを取るんだよ。体調が悪くなりましたとか言って」
「でも…」

数分の押し問答の末、とうとう僕は彼女を説得することに成功した。
出発は明日の午前3時。朝1番の温泉に浸かりに行くこととした。

「あなたらしくないよね、計画もせずに飛び出すのって」
「まぁ、良いんじゃないか、たまには」
「そうねぇ…」

何かにつけて彼女は気分が高まっているような様子は見せず、どこか落ち着かないようだった。急に誘ったんだ、無理もない。そして、実を言うと僕自身も気分の高まりはなく、どちらかと言うと、ようやくこの十数年間の罪滅しができる、といった安堵感で頭がいっぱいだった。

彼女が焼きうどんを食べ終えたようなので、珈琲を一杯入れる。
少し薄めが好みのようなので、さっき自分用に入れたものよりも粉を少なくして入れる。珈琲の香ばしい香りが、再び部屋に立ち込める。

「ありがとう、良い香りね」
「ブレンドらしいよ、エチオピアと、あとどこだったっけ…」
「そんなことはどうでもいいわ。それより明日の支度しなくちゃね」
「そうだね」

ごちそうさま、と小さく呟き、彼女がカップを流し台に持っていく。
僕は歯磨きをしながら、これまでの生活を振り返っていた。

 思えば、忙しい結婚生活だった。
 出会いは大学でのことだった。
 僕は昔から恐竜が好きで、いつか恐竜博士になりたいと夢見て、古生物学の道を歩むことを決めた。無事に試験を突破し、広島の大学へ進学することとなった。

 三年になろうとした時、所属していた学生団体のメンバーとして一人だけ加入してきたのが彼女だった。時間を過ごすうちに、次第に打ち解けていき、一緒に遊ぶようになった。と言っても、大学のカフェテリアで話したり、近所を散歩するくらいだったが。僕はそんなふうに過ごすのが好きだったし、精一杯だった。

 プロポーズしたのは僕が卒業するタイミングで、研究者としての道が決まった時。彼女は三年になったばかりだった。
 在学中にプロポーズする馬鹿がどこにいるか、と周囲の友人たちには茶化されたが、当時は何かに急かされているような気がしてならなかった。

 彼女は卒業後、昔から大好きだったインテリアショップに勤めるようになり、今でもその仕事を続けている。年を重ねるごとに仕事が忙しくなり、僕も海外に調査しに行く機会が増え、お互いに生活リズムは合わなくなった。あまり会わないことが、もしかすると長続きしている秘訣なのかもしれない。

 明日の準備をする。
僕はタオルと下着と靴下、車の中で聴きたいCDなどを鞄に突っ込む。
彼女は、メイク道具を慌ただしく整理して小さいポーチに入れていた。
 
 時刻は午後11時を回った。カフェインが切れ、少しづつ眠たくなってきた。

「先に寝ておくね、明日は2時過ぎに起きて、3時には家を出よう」
「は〜い、おやすみ」

彼女は新聞を読みながらそう返事をした。






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