むだい1(文章)




窓を閉めていても耳に響くセミの声。窓の無い浴室に移動してみても、耳なりのようにザリザリと止まない。
2日前にカビ掃除をしたというのに、浴室の隅にはまたうっすらと黒さが戻ってきていた。

…しつこいなあ、
私かよ。

ダイエットに良いとどっかで聞いた半身浴を今日も効果の分からないまま続けていた。

ユウの顔、今日も静かに怒っていたなあ。なんであんなに睫毛長いんだろう。羨ましいなあ。私なんてマツエク行ったってあんなんなれないよ。

ユウの余所行きの顔の合間に見える、瞳の奥に見える黒い黒い怒りの渦。冷静さを保とうと微かに震えるボールペンを持つ右手。

全部が愛しかった。
全部が堪らなくて、欲しくて欲しくて仕方なかった。

汗が額から一筋垂れる。
防水カバーに入れられたケータイに触れると、半身浴を始めてからあと5分で1時間になるところだった。

あと、1時間。

ケータイを浴槽の端に置くと、私は今日のユウをひとつ残らず脳味噌に刻むためゆっくりと目を閉じた。

*

「いらっしゃいませー。」

銀行の中はいつだって快適な温度に保たれている。時々節約かなんなのか、あまり温度を下げないような所もあるけれど、このユウが居るお店はいつも私を涼しい空間で迎え入れてくれる。だらだら背中を伝う汗も3分もすれば乾いてしまう。
私はすぐさま記帳台へ向かい、出金伝票を二枚取って金額をそれぞれに記入した。

「加藤様、2件のご出金ですね。ただ今お出ししますのでお掛けになって少々お待ちください。」

半年前から変わらない笑顔の窓口の若い女性に軽く会釈し、椅子へ腰掛けた。

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