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シンガポールの思い出

長く寒い冬にうんざりする度、あぁシンガポールが恋しいなぁと思う。空港を出て浴びるむわっとした熱い空気、日差しをたっぷり浴びた緑の濃い植物、夜一人でぶらぶら歩きながら感じた涼しい風、酔っ払ってタクシーで帰る途中に眺めた夜景、Melissaのサンダルでペタペタ歩きながら眺めた地元の人たちで溢れた活気あるお店の数々、そういう小さなあれこれがすごく恋しくなるのだ。

私が思い出をめちゃめちゃに美化しているのは知っている。シンガポールから去る前に私はシンガポールに飽きたと言っていたらしいし(覚えていない)、また住みたいかと言われればわからない。住んでしまえば普通になるし、もっと違うものが欲しくなる。それでもあの、夏の国に住んでいた日々は特別で、こうやって冬が来る度に綺麗な思い出として懐かしむんだろうという感じがする。

初めてシンガポールへ行ったのは面接の時だった。弾丸で、滞在時間は24時間以下。夜遅くに空港についてホテルまでの道のり、タクシーの運転手が何を言っているかさっぱりわからず、タクシーの運転手だから?と思った翌日これがシングリッシュだと知ることになる。

朝、そんなに遠くなかったのでオフィスまでは歩いていった。緑が濃くて、ものすごいエネルギーを発していて、ばななさんの小説で読んだ植物みたいだと思ってドキドキした。オフィスに着いたら、案内してくれたリクルーターの子がめちゃめちゃラフな格好で驚く。ノースリーブの長いワンピースを着て、足元はサンダル。面接だからラフ過ぎないようにと気をつけた結果、汗をだらだらと流すことになった私はもっと気を抜いても良かったのかもと思った。

面接は楽しく終わって、帰りの飛行機まで時間があったのでブラブラした。当時の私はまだごはん狂いではない上に今よりずっと怖がりだったので、何か食べたいけど何を食べていいかわからない上に注文の仕方もよくわからないローカルっぽい場所に近付くの怖いどうしよう、と散々オフィスの周りを歩き回った結果、なぜかスタバで昼ごはんを食べた。もうちょっと良い選択肢あるだろうよ私。

知らない国だけど、ここなら住めるかもしれないと思った。移民が多くて一つの小さな国に色んな顔があるのが面白かったし、何より緑が綺麗でここに住んだら楽しそうだと思ったのだ。戻ってこれたらいいなぁと思いながら日本に帰った。

願い通り、無事にオファーをもらって二ヶ月後に私はシンガポールへと引っ越した。生活の全てが英語になるのはロンドン留学以来で、当時はまだ英語が自分に馴染んでいなかったのでなかなか大変だった。クレジットカードをなぜ3枚も作らされてしまったのかさっぱりわからなかったし、英語が下手すぎて会社をクビになったらどうしようと毎日心配していたし、簡単なメールが書けなくて無駄に残業したりしていた。

それでもシンガポールのあの天気の中で鬱々とするのは難しくて、身体はいつも緩んでいた。バブルティーやタイミルクティー、フレッシュジュースなど安く飲めるものがたくさんあって、仕事中でも夜遅くでも、ちょっと疲れたら気分転換に散歩がてら飲み物を買いに行った。

チームにもすごく恵まれていた。Twitter時代で一番楽しかったのはやっぱりシンガポールの時だったと思う。マネージャーはアメリカ人で、チームの同僚はシンガポール、韓国、ブラジル、ロシア、インドネシア、それから日本人の私と全員国籍が違っていたし、それぞれ色んな国に住んだことがあったので、この国でこれはこう、でもあの国では、などと世界のあちこちの話を聞けて楽しかった。年齢も近かったのでよく飲みに行ったし、あとはなぜか狂ったようにみんなで毎日卓球をしていた。シンガポールオフィスにはマイラケットを持つ異様に卓球が上手い人が三人もいて本当に謎だった。


私は歩くのが好きなので、Tanjong Pagarからオフィスまで毎日15分歩いて通っていた。シンガポール人のみんなにはこんな暑い中15分も歩くの!?とよく驚かれたけど、私は汗をかこうが街を眺めるのが楽しかったのでいつも歩いていた。朝は途中にあるToast Boxでカヤトーストを朝ごはんに買ったり、帰り道ホーカーに寄ってざわざわした中で一人ぼんやりご飯を食べたりしていた。ふとした時に思い出すのはそういう、なんでもないぼーっとしていた時の景色だから不思議だ。

ダブリンへの異動が決まって、私が一年ちょっと住んだシンガポールを去ってから二年経った。その間に同じようにシンガポールを去った友達もたくさんいる。私の元同僚も、韓国人の彼は韓国へ帰り、ロシア人の彼女はダブリンへ引っ越して、ブラジル人の彼女はドイツに引っ越そうと思っていると連絡が来た。シンガポールの面白くて寂しいところは、色んな国から色んな人がどんどん引っ越してくるけれど、同じようにまたみんな去っていくところだなぁと思う。

同じ時期にたまたまシンガポールにいた人たちと、真夏の思い出をたくさん作った日々は、私の中にずっと大切に残っていくんだろう。何の縁もなかったシンガポールだけど、こうやって繋がりが持てたことが嬉しいし、冬が来る度にあぁシンガポールに帰りたいと、何度も何度も思う、シンガポールは私にとってそういう場所である。