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カフェとマッチングアプリと100万円のセミナー
読書をしようとカフェへ出かけた。熱いドリップコーヒーを注文し、窓際のカウンター席に腰掛ける。
私のすぐ左隣には20代半ばから20代後半ぐらいに見える女性、さらに女性の左隣には30代ぐらいの男性が座っていた。この男女はペアらしい。
横から会話が聞こえてくる。
男「…間接照明だね」
女「はい」
(15秒の沈黙)
男「週休3日はほしいよね…」
女「ほんとそうですよね」
「ん?」
何かぎこちないぞ。
でも、雰囲気は決して悪くない。むしろ、相思相愛のように見える。お互いコミュ障ゆえに会話がはずんでいない感じ、なのかな。
女「私、兄弟がいるんですよ。ケンカばかりしてるんですけどね」
(30秒の沈黙)
男「流血は…してない?」
女「流血はしていません」
共通点がなく話題に困っている様子。どうやら初対面のようで、誰か知人の紹介というわけでもなさそう。想像するに、マッチングアプリか何かだろうか。
女「兄弟はいらっしゃるんですか?」
男「いるよ。佐賀と福岡にね。」
女「仲良いんですか?」
男「うーん、あまり会わないね」
(15秒の沈黙)
男「富山に叔母さんがいるんだけどさ」
女「ええ」
男「俺、すごく仲悪いんだよ」
女「あら」
(45秒の沈黙)
女「私、弟と仲悪くて…」
(30秒の沈黙)
1、2回会話が飛び交うごとに沈黙を挟むのがとても気になる。
男「鬼滅の刃、観ようかなと思って」
女「…今!ですか?」
男「2話ぐらいで止まっててさ」
女「一気見したほうが面白いですよ」
(30秒の沈黙)
男「野球、好き?」
女「…野球ですか?」
親戚からの、鬼滅からの、野球!
何なんだ、この会話は。
男「王さんと長嶋さんが好きでね」
女「王さんが監督をしていた頃のダイエーホークスがすごかったってうちの父が言ってました」
男「そうなんだ」
(70秒の沈黙)
おい、せっかく話題に乗っかってくれたのに何で黙るんだよ!
というか、初対面の20代の女性とデートするときに、王さんとか長嶋さんの話するのやめれ。
男「スポーツ好き?」
女「…嫌いではないです。詳しくないので」
(90秒の沈黙)
…だんだん、コミュ障の男性から100万ぐらいもらって、セミナーを開きたい気分になってきた。
女「北京オリンピックやってますね」
男「カーリングとか、あれすごいからね」
女「私、氷の上にも立てないと思う」
男「スケートとかやらないの?」
女「やったことないです…」
男「スノボは?」
女「ないです。やってみたいな」
男「へー」
「へー」じゃねえよ、誘えよw
男「スキーは?」
女「修学旅行で一回やったぐらいです…」
男「俺も修学旅行はスキーだったよ」
(70秒の沈黙)
だから、誘えってw
男「中学校のときの修学旅行は沖縄だった」
女「めずらしいですね!私は福岡でした」
男「へー」
だから、「へー」じゃねえよw
人類の課題は圧倒的にコミュニケーションだということが判明しました。
男「中学のとき、合唱コンクールで指揮者やって指揮者賞とったんだよね」
女「すごいですね!選ばれたんですか?」
男「来るかな?って思ってたら、やっぱり俺に来たよね」
女「すごいですね」
(18秒沈黙)
初対面の成人男女が、中学の頃の合唱コンクールや運動会の話をカフェでしている。
男「中学の運動会、楽しかったよね」
女「そうですね、赤、白、青組に分かれ…」
男「うちの学校は、赤、青、黄色だったよ」
女「カラフルですね」
(17秒の沈黙)
会話をしているときの雰囲気は「いい感じ」とさえ言える。そして、突然の沈黙。…まったく意味がわからない。
男「そろそろ時間だね。行こうか」
全体を通じて一体何の会話、何の時間だったのか。彼の尋常じゃない会話力の低さが理解できない。とんでもない球が飛んでも来ても、ものすごく前向きなノンバーバルで食らいついていく彼女のスタンスもまた理解できない。
今日出会ったこの男性のモノマネをするためだけに、マッチングアプリに登録したいとさえ思った。
合理性では決して説明のつかない人間という生物、実に面白い。日常の一挙手一投足がエンターテイメント。家を出たら、私はだいたい笑いをこらえている。
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