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ピンチの時こそ論理的に考える

「ピンチの時こそ、論理的に考えよう!」

以上です。



…というわけにもいきませんね。普通、サイコパスではない人は、恐怖や不安を感じる身体のつくりになっているそうです。であるなら、正論をぶちかましてみたところで、

「それができたら苦労しないよ!」

と、怒られるのが目に見えています。


ピンチの時でも論理的に考えるために、誰でもできる一つの簡単な工夫をお伝えしたいと思います。

何てったって、今、世界は大ピンチですから。


結論から言うと、メディアとの接触をコントロールするということです。

具体的に説明します。

不安になりやすい人は、はっきり言って、緊急時にテレビのニュースを見ないほうがよいでしょう。

テレビは、伝えたい内容が「伝わる」映像を映し出します。当然ですね。

たとえば、「都市が封鎖されています!」と伝えたいのに、公園でピクニックしている人の映像は流さないでしょう。今日、観た映像ではバスが乗客ゼロで走っている姿が映し出されていました。

他にも、「スーパーで買い占めが起こり、物がありません!」と伝えたいときに、ぼちぼち商品が残っているスーパーの映像は使わないわけです。伝わらないですから。

それを観て焦って、まだ物があったはずのスーパーでも買い占めが起こり、結果、物がなくなる。物がなかったのではなく、映像でパニクった後に、物がなくなっているのです。ここが最も重要です。

映像というのは、よりリアルなものを伝えてくれているようで、過剰なものを伝えている可能性が高いのです。

ただでさえ、サイコパスでない人は不安になりやすいのだから、不安になりやすいものをわざわざ観る意味があるのでしょうか。

パニックにならないように、気をつけなければなりません。

「そうか!不安になりやすい人は情報を遮断すればよいのか!」

そうではありません。

ピンチのときに、考える力がないと普通に死にます。そして、考えるためには情報が必要です。


文字や音声で情報を取ることを私はおすすめします。(Web記事は写真を見ないために、リーディングモードを推奨)

文字や音声では、映像によって必要以上に心をかき乱されることはありません

文字や音声情報から立ち上がる頭の中の映像は、どこまで行ってもあなたが想像しうる映像の範囲内。過剰は刺激は起こらないはずです。

文字や音声情報は、言葉を並べた論理構造がメインです。どんなピンチも論理的に説明されています(正しいかどうかは別として)。

一方、映像は、論理不在で「印象」を受け取ってしまいがちです。ピンチのときに、「超ピンチ!」という印象を受け取っても意味はありません。どのみちピンチであることに変わりはないのですから。

ピンチのときは、論理的にピンチを理解し、論理的に対策を打つ必要があるでしょう。

「ピンチのときほど理屈で考えよう。」

難しいと感じる人ほど、センセーショナルな映像ばかりの映像メディアを遮断し、文字や音声で情報を取るように工夫してみてください。

文字や音声で状況を理解することは、論理的に理解することそのものです。

過剰なリアル映像メディアをロックダウンしましょう。


追伸

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