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信じるでも信じないでもなく

誰かのことを「信じる」というけれど、一体何を信じているのだろう。全体的にボヤッと信じているのでは、ただの盲目ではないか。

「Apple製品なんだからさぞかし物が良いんでしょう」と、SNSやNetflixぐらいしかスマホに用のない人がiPhone 12 Proを買おうとする。これでは、あきらかに割高である。社会から見てAppleのクオリティが高いのは確かだが、個人にとってそのクオリティがマッチしているかはまったく別の話だ。

ボヤッと信じると、そういうことになる。

見る目がなかった自分を差し置いて

モノの場合なら「うん、うん」と理解してもらえるのだが、いざヒトの話となるとAppleの話と同じような現象が起こる。

誰かを全体的にボヤッと信じて、信じ込んで、何かあったら「裏切られた!私がどれだけ尽くしてきたのか!」と憤っている。 

「見る目がなかった」というミスマッチを招いた自分の力不足を見つめず、相手のせいにしてしまっているのだ。やはり盲目ではないか。

裏切られたのだろうか

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