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体験のオンライン化について

およそ機能で語れてしまうことはつまらないなぁと思うのですが、理由はテクノロジーの存在感にあると思っています。

まだ、機能にしがみついてるの?

これだけモノやサービスが溢れている中で、人間がさらに働こうとしている態度にげんなりしてしまうことがよくあります。

働きたくて仕方ないのなら止めませんが、多くの場合、生きるためのお金を稼ぐためにもっと働かなければならないと思い込んでいる。これだけモノやサービスが溢れている中で…?

「人がいなくなったら、誰がレジを打つんだ!」

「だったら、もう無人レジでよくないですか?」

そんな例が山ほどあります。社会を豊かにするための仕事ではなくて、自分の暮らしをよくするための仕事になっている。結果、仕事のための仕事が蔓延しているのが現状です。

中には、業界まるごと機械に置き換えられるような仕事だってあるかもしれませんね。

機械で済むようなポジションにしがみ付いて、短期的に食いつないでみたところで、いずれ機能の船は沈むのです。

そろそろ救命ボートに乗って、どこかの島を目指したほうが賢明だと思うのは私だけでしょうか。

2次元の体験

機能で勝てないなら機能で勝負しなければよい。人は人の心を動かすことにもっと集中すればよいのです。

ここ20年ぐらいを振り返ってみても、すでに心を動かす「体験」にフォーカスしたビジネスがずっと強かった印象です。「体験」を売ろうと思えば、身体性をともなうオフラインの体験がすぐに思いつきます。

旅行、外食、レジャー、etc.

…あれ、今どれも大変なことになっていますね。

コロナの影響でこうしたオフラインの体験が失われたことによって、たとえば人々はオンライン飲み会を始めました。偶然にも、2次元のディスプレイでも体験が成立してしまう可能性を体験したのです。

オンライン飲み会はほんの一例でしかありませんが、イベントのオンライン化など「オンラインでの体験」という選択肢が市民権を得ました。これは大きいと思います。今まで、多くの人にとってオンラインは体験とさえ認識されていなかったのですから。

ただの代替手段でしかないのか?

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