24/3/30　📚経営はロマンだ！要約

『経営はロマンだ！』小倉昌男

本書の概要

　小倉昌男(以下、著者)は「クロネコヤマト宅急便」を生み出し、日本人の生活スタイルを変え、ヤマト運輸をトップ企業に育て上げた人物である。経営から退いた後は、障害者福祉の活動に注力する。本書では、著者の人生経験とともに経営哲学が語られている。今回は、著者の生い立ちと、「宅急便の誕生」に焦点を当て、内容をまとめることとする。

生い立ち

幼少期

　著者は1924年に生まれた。
　父は大和運輸(現ヤマト運輸)を興した人物であり、中学を中退してさまざまな職についた。若い頃から、有意義な事業をすると決めていた。資本金10万円で大和運輸株式会社の創立。関東大震災も乗り越えて事業を発展させた。志が大きく、パイオニア精神もある。
　母は、父親の短所を黙って補っていた良妻賢母。元旦には徹夜でもてなす準備をした。父親から乱暴な態度を取られても、我慢していた。著者はそれを見て、家族に優しくするように心がけた。

小学校

　労働争議が起こり、組合関係者に自宅を襲われる。
　著者の性格は、どちらかというとおとなしく、はにかみ屋であった。また、勉強では算数が得意であった。算数は、後々に筋道を立てて考える習慣につながった。
　小4のころの担任の石井先生は、校舎が火事になったときに身の危険を冒してご真影を運び出したという人格者であり、著者にとって忘れられない恩師となった。

東京高等学校

　東京高等学校(中学)に入学した。東高は、生徒を大人として扱い、自由な校風であった。また、お母様が亡くなった。正月の父と喧嘩をし、母に助けられた社員は慟哭した。
　高等科時代は、「エスケープ」といい、授業をよくさぼった。ただ、本はよく読んだ。自宅の世界文学全集を読み漁り、モーパッサンやジッドなどを耽読した。トルストイの『復活』や和辻哲郎の『古寺巡礼』なども、必読書だったので読んだ。マルクスなど経済学には関心がなく、ノンポリ学生であった。映画もよく見た。高嶺三枝子の『暖流』は繰り返し見るお気に入りであった。
　庭球部に所属していた。技術的には下手であったが、熱意を買われ、先輩から主将に任命された。

大学からヤマト運輸入社まで

　東京大学の経済学部に入学した。受験勉強はあまりしていなかったが、受かった。マックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の講義に感銘を受けた。それまで需要と供給の関係で動くのが資本主義であると思っていたが、その基盤に倫理があるということに驚いたという。企業経営者としての心の底辺に、この講義があった。
　旧制東京高校に行くと、庭球部が敵性国のスポーツとされ、肩身を狭くしていることを知る。そこで、再建に奔走する。資金調達のために、密造品販売を行った。工甘味料のサッカリンである。その後、足を洗い、大和運輸に入社した。はじめての仕事は駐留米軍関係であった。アメリカのアライド・ヴァン・ラインズと業務提携したところ、親猫が子猫を大切に運ぶマークに感銘を受け、許可をもらって大和運輸でも親子猫のマークを使うようになった。

宅急便の誕生

当時の状況

　1961年、著者は取締役となった。父親は小口積み合わせ運送で関東にネットワークを築いたため、近距離・小口貨物にこだわっていたのに対し、著者は手間やコストが割高になるという考えから、小口貨物の注文を断り、大口貨物に集中するように徹底させた。後に、この判断を「誤りであった」と振り返る。
　1971年、著者は46歳で二代目社長に就任した。この頃会社は、長距離輸送の出遅れに加え、組合運動の先鋭化で、顧客から敬遠されるようになっていた。さらに、73年の第一次オイルショックが、業績低迷に追い打ちをかけた。コスト削減でなんとかしのいだものの、危ない状態であった。
　ある日著者は、「小口貨物を断る」という方針が誤っていたのではないか、という仮説をもった。数年前から、大口ばかりだと採算が悪いということに気づき始めてはいたが、同業他社も大口を多く取っているだろうという推測により、納得しきれずにいた。そこで著者は、大阪に出かけた際、福島通運の支店をこっそり偵察してみた。運転手は荷物を降ろすと、伝票ごとに荷物を分け始めた。すると、伝票一枚当たり4～8個ほどの小口が多いことに気が付いた。対して当時の大和運輸では、50個以上の大口が大半を占めていた。同業他社は、経験的に大口と小口の運賃の違いを知っていたのだろうが、著者は総務畑出身であったこともあり、他社の支店を覗いて初めて、現実に気が付くことができた。
　そこで、再び小口荷物重視に方針転換を図るものの、顧客や社内から不信の声があがった。

着想

　第1のヒントは、吉野家についての新聞記事であった。理想的な運送会社について考えてみると、ふと、吉野家の事例が浮かんだ。一般的に品数を減らせば客も減るが、吉野家は大胆に絞り込みを行うことで特色を出し、客を増やした。そこで、理想的な運送会社を目指すことをやめ、取り扱う荷物を絞りこんで特色を出すのがよいのでは、という仮説を立てた。
　第2のヒントは、息子の洋服を千葉にいる知り合い（弟の息子）に送ろうとしたときにやってきた。当時の運送会社は、企業を相手にするところばかりで、家庭から出る細々とした荷物には対応していなかった。国鉄小荷物や郵便小包はあったが、どちらのサービス内容も面倒な指示が多いものであった。著者は、家庭の荷物を運ぶのに困っている人（主婦）の存在に気が付いた。
　第3のヒントは、日本航空が売り出した「ジャルパック」であった。大和運輸は販売代理店であり、著者は研修会を通じて興味をもった。ジャルパックは、航空券、ホテルの予約、市内観光など海外旅行に必要なものが全てセットになったものであり、いわば「旅行の商品化」をしていた。これを著者は自分の構想にあてはめ、家庭から家庭へと荷物を運ぶサービスの商品化を考えた。
　このように著者自身の家庭生活や研修、新聞メディアなどから3つのヒントを感じ取り、「宅急便」の構想が生まれた。企業相手に比べ、家庭相手は需要が不安定ではないかという疑念もあったが、「鳥瞰」してみると、毎日全国で荷物の流れが起きているため、十分な需要はあるという結論に至った。集配車一台当たりのコストは決まっているため、荷物の密度さえあがれば、いつかは損益分岐点を超えるという確信をもった。

事業のスタートに向けて

　当時の運送業界で、「宅急便」の発想は非常識であった。役員に根回しをはじめるものの、全員反対した。手間のかかる百貨店配送事業は苦しくなっており、さらに手間のかかる家庭への小口集配は、良い見通しが立たない、という意見が大半であった。ただ、オイルショックの際に首を切らなかった組合員からは、信頼を得ていた。
　著者自身も、確固とした見通しがあるわけではなかった。だが、企業相手の商業貨物輸送を続けていても勝ち目がないことは明白であった。そこで、新しい道を開拓するしか生き残る道はない、と考え、起死回生の一手に懸ける気持ちであった。

事業スタート

　1975年夏、新事業のコンセプトを自ら起草し、「宅急便開発要綱」として役員に提案した。そこで反対を押し切り、了解を取り付けた。9月にはワーキンググループを編成し、翌1月の営業開始を目指し、2カ月で計画を煮詰めた。
　配送ネットワークには、航空業界の概念である「ハブ・アンド・スポーク・システム」を参考にし、3段階の配達網を張った。まず、各都道府県に国際ハブ空港のような「ベース」という運行基地を設けた。次に、周辺には地方空港のような「センター」を設置した。さらに、その周辺にはきめ細かく荷受けする「デポ」を設けた。
　他にも、集荷手段として軽自動車を利用することや、酒屋を取次店として選定するなど、細かなところまで構想を深めた。

重視したこと

　事業スタート時に著者が特に重視していたのは、①利用者の立場でものを考えること、また、②全員経営を目指すこと、の2つであった。
　利用者の立場としては、主婦が利用しやすいサービス内容を目指した。わかりやすくするため、料金は発送地域関わらず、均一にした。また、面倒な荷造りを不要とした。こうして宅配、速い、便利という特徴から「宅急便」というネーミングとなった。
　全員経営を掲げた背景には、宅急便は、第一線で働く運転手が顧客から信頼を得るようにならないと成り立たないため、上司が部下に命令し、監督する従来の方式ではだめだと思ったことがある。この発想は、上智大学の篠田雄次郎先生の話がヒントになっているという。篠田先生の講義では、「コミュニケーションを大事にし、社長の考えを隅々まで共有すれば、社員は先取りした行動を行うようになる」という話があった。そこで著者は、運転手に「寿司屋の職人になってくれ」と呼びかけた。呼称も「セールスドライバー」と変更した。

宅急便事業のその後

　反対意見の多い中始まった宅急便事業であったが、徐々に消費者の認知を得ていった。最初のころは、ドライバーにとって花形なのは企業相手の大口荷物であり、宅急便事業は嫌がられていた。しかし、家庭まで荷物を届けたときに主婦から「ありがとう」「ご苦労様」と声をかけられたことで、大いに士気が上がった。
　長年の主要取引先であった三越は、社長交代により商業道徳を失った経営をするようになっていた。この影響により、大和運輸も損害を被るようになったため、三越との契約を解除することとした。また、お父様もなくなった。著者は宅急便事業の好調なスタート、長年の取引先との契約解除、父の死が重なったこのタイミングで、新しい時代を築く覚悟をもつこととなった。