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記憶に落ちぶれる

小学校の図書室のストーブの色を覚えている。

ボディはシルバー。
電源のボタンの色はオレンジ。
図書の先生が灯油を補充するシーンが流れる。

「王様 なぞのピストル」という児童書を読みながら横目でチラチラと見ている黄色帽子の自分に
「手伝ったら?」と干渉する。


保育園のブランコが塗装された日を覚えてる。

鉄の部分を塗ったオレンジが、鎖に垂れる。

「ペンキが乾いたから乗っても大丈夫で〜す」
と言われたけど普通に服がオレンジ色に汚れた。


3歳の誕生日のことを覚えている。

ゆうくんはいくつになったの?と母に聞かれ
「2ちゃい!」と言ったらみんなに笑われた。

両方の祖父母と家族。合わせて8人。
新しい家に引っ越して、まだダイニングテーブルが来てなかったからちゃぶ台だった。


2歳の時の記憶がある。

夏祭りの次の日。おそらく自分の一番古い記憶だ。

昔住んでいた家。
床の間に置いてあるおもちゃ箱に、祭りで買ってもらった電磁戦隊メガレンジャーの風船がくくりつけられて浮かんでいる。


という具合に

僕は昔の記憶をあまりにも鮮明に覚え過ぎている。

我ながら気味が悪い。夢にも出てくる。

千と千尋の釜じいの部屋みたいな大量の引き出しから、29年詰め込んできた記憶が急に飛び出して襲い掛かってくることがある。

懐かしさと悪寒で朝を迎える。

この記憶がなんの役に立つのよ、と呆れる。

今のことを考えろよ。
未来のことを考えてよ。



4歳。

祖父に買ってもらった超合金のおもちゃ
(救急戦隊ゴーゴーファイブ ビクトリーマーズロボ)

で指を挟んで怪我をした。

これ。これのレッドのやつ。

病院に連れて行かれて液体窒素でイボみたいなのを凍結して切除した。

と後日保育園の先生に話すと

「液体窒素を知ってて偉いね!お医者さんになれるね!」と褒められた。

そんなことで褒めてもらえるなら
一生子供のままがいい。と思う。

大人になってから画像を見てまた1つ思い出す。
挟んだのは左手の人差し指だったな。

人命救助をモチーフにした戦隊が何やってんだ。
超痛かったんだぞ。


7歳。

ゲームボーイカラーでポケットモンスター金銀をしていた。

連打し過ぎでAボタンだけ凹んでた

兄に黙って伝説のポケモン ルギアを捕まえに行ったらオーダイル(Lv.100)のれいとうパンチで即死させてしまった。(当たり前だ)

"電源を切ればレポートからやり直せる"という摂理を理解してなかった7歳の僕はしっかりとレポートを書き直した後に兄にバレ、泣き、謝り、オーダイル(Lv.100)より重いげんこつを食らった。
これも超痛かった。


14歳。

Victor社のalneo(アルネオ)というオーディオプレーヤーでスキマスイッチを聴きながら独りで町を徘徊していた。それがカッコいいと思っていた。

2010年廃盤   メルカリで売ってる

4ギガしかない容量に入った900曲が世界の全てだった。
思春期真っ只中だというのに歩道にいる汚い色のカニを追いかけたりなどしていた。

僕は無人島に行くときも
この900曲を持っていくんだと思ってた。


初めてコーラを飲んだ日を覚えている
小学校の掃除の時間を覚えてる
東京の親戚がくれたビスケットを覚えてる
子犬を家族に迎えた日のことを覚えてる
遠足で乗ったバスの席を覚えてる

怪我も喧嘩も葬式も正月も 全部覚えてる。

覚えてて嫌になる。



過去を懐かしむことは悪だ
もうこの際だから言い切ってやる。

写真フォルダやSNS、サーバーという宇宙に
半永久的に残るであろう思い出を
忌み嫌ったり懐かしんだりする時代。

最終着地点が「まぁもう戻れませんけどww」

という叩きつけられる現実ならあまりに酷だ。
無駄なデータだ。

軌跡が記録に変わるのが嫌だ。
記憶に残るのも御免だ。
もう少し気楽に気軽に生きたいもんだ。


最近友人と昔話をする機会が増えた。
今までとこれからを考えたとき
三十路が近くなるとそのボリュームが
だいたい均衡するんだと思う。

ちょうど今 立ち止まったり振り返ったりする
フェーズにいるんだろう。

懐古厨、というやつだ。
俺も、お前も、気持ち悪い。
気持ち悪い、と言いながら笑い合う。


小学校低学年の時。
祖父と五目並べをしたことがある。

祖父は一代で会社を大きくした
バリバリの経営者だった。
祖父と2人きりで話したことはほとんど無くて 
鹿児島弁がキツくて当時何を言ってるかもあんまりわかんなかった。

碁石を5つ並べたら勝ち、というシンプルなゲーム。
暗い和室で高級そうな碁盤に対面に座った。

守ってばかりじゃ勝てないよ、みたいなことを
コテコテ(?)の鹿児島弁で進言された。

仕方ないだろ。 これ先行が勝つゲームだろ。
じいちゃん、これ面白い?もうやめない?
と生意気ながらに思っていた。
ほんとにつまんなかった。


祖父は僕が11歳のときに天国に行った。


今の僕の盤面を見たらなんて言うだろうか。

攻めにも守りにも転じていない 29歳の僕を。

時間だけが経過して
死に石の数だけが増えて

役目をなすことなく置かれた記憶を引っ張り出して
「ルギアをれいとうパンチで〜」
とか言っちゃう僕を。

過去を振り返ってる僕を叱るだろうか。
忘れられない僕は、これでいいんだろうか。

なんとなく、あの日五目並べを教えてくれた意味が
今、こじつけでもいいんだけど。
わかる気がする。

守ってばかりじゃ勝てない。
あれは先行が有利なゲームじゃなかった。
関係ない置き石に 後から繋がることがある。
そこんとこ、少し理解したんだ。
些細なことだけど
大人になった気がする。じいちゃん。

(あとじいちゃんが買ってくれたビクトリーマーズロボで人差し指挟んだんだよ。という言葉は飲み込む。大人だから。)



歳を取って、就職して、結婚して、家を建てて
内面が追いつかないまま
すっかり大人になってしまった。

先が見えないから振り返ることが多くなった。

スキマスイッチの"ただそれだけの風景"を聴きながら車を運転する。

無人島は疎か、15年先にも連れてこれなかった
4ギガバイトの相棒のことを思い出す。

未来にはサブスクリプションってのがあるんだぜ
と一人で町を彷徨い歩く僕に

声を掛けて通り過ぎる。

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