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ストレンジテトラ ♭.11 (1)

♭.11 丸い水槽*

(1)

「なんですか。編集長。」

早朝1番、出社するなり編集長に呼ばれた。
声色と表情からどうも不機嫌そうなご様子だ。
胃がキリキリする。

「なんですか、じゃねぇよ。なんでお前今日もパーカーなんだよ。」

いつになく苛立ってる真舟編集長。
何?パーカー?
昨日と同じくしてパーカーを着てきた何が悪いんだろう。

「弊社、パーカー禁止令でも出たんですか?」

眉間に少しの皺を寄せてわたしは尋ねる。
内心、どこか挑発的なわたしとは対照的に、
編集長は結構真剣にわたしを睨みつける。

え?うわ。これほんとに怒ってる。
まさかほんとに出たんだろうか。
パーカー禁止令。
わたしはキョロキョロと目を泳がせる。

しびれを切らした編集長が机を両手でバンバン!と叩く。
鉛筆がコロコロと転がって、落ちた。

「今日はジャパンメディアアワードの表彰式だろうが!正装で来いって言っただろ!!」

オフィスに怒号が響く。

…ジャパンメディアアワード?? 正装??
朝から最大出力で怒鳴られて、まだ完全に起きていない脳みそが飛び跳ねる。
そして飛び跳ねたわたしの脳みそは、心当たりが全くない単語の羅列に困惑している。可哀想に、。

「はぁ?なんだよお前、その恰好で壇上に上がってスピーチすんのか!?えぇ!?」

ちょうど出社した潮田が不意打ちの怒号に「ヒッ」と声を上げ、『最悪…』の顔をする。
完全に臨戦態勢の編集長。沸点到達。
ボルテージMAX。なんちゃらサイア人。だ。
しかし当の矛先わたしはというと、困ったことに何のことを言っているのかほんとにさっぱりわからないのである。
壇上??スピーチ??アワード???

「ちょちょ、ちょっと、待ってください。」

ご立腹の編集長を、手のひらを大きく広げて制する。

「そのジャパン…アワード?ってなんです?何?
壇上で、スピーチ??って?なんですか?」

オフィスに沈黙が流れ、エアコンの音だけが聞こえる。

「…は?お前…メール見てねぇの?」

氷水でもぶっかけられたかのように、編集長の怒りの熱が冷める。束の間の沈着。

「…見ました。だからパーカーで来ました。。」

オフィスに沈黙とクエスチョンマークが充満する。
相変わらずエアコンの音だけが聞こえている。

「編集長、これ、」

潮田がパソコンでメールボックスを確認する。
画面に映る、昨日受信した編集長からわたしへのメールを3人で覗き込む。

そこには【明日は清掃。】とだけ書いてあった。

「これ、漢字…間違ってません?」

解釈次第では『犯人はお前だ』とも取れる潮田の言葉に、オフィスの空気は完全に凍りつく。

「ピッ」とエアコンの温度を1度上げて、わたしは一言。

「"汚れてもいい服"で来たつもりなんですけど。」

片方の手でフードの紐をつかみ、ぶらぶら揺らしてみせた。

編集長の顔が青ざめていく。
「正装」と「清掃」の漢字を間違えたのだ。
自分の左腕にパチンっとしっぺをして
「ごめんな、」とわたしに謝る。

「だからいつも言ってるじゃないですか!メールは送信する前にちゃんと確認してくださいって!壇上にパーカーで立つの、サメ子先輩さすがに可哀想過ぎません!?」

潮田が編集長の耳元で叫喚する。
ほほほ。入社して半年。彼女も言うようになったもんじゃわい、と笑う脳内の能天気お爺さんを蹴飛ばして、正気のわたしは脳内センターマイクを奪う。

「ちょっと待ってってば。何なの、その壇上に立つっての。」

「え。だからジャパンメディアアワードの」

「だから!そのなんちゃらアワードってなんなんですか!?」

またもやオフィスを沈黙が支配する。
オフィスの静寂が飽和静寂量に到達し、窓ガラスにピシッと亀裂が入る。

「…もしかして、サメ子先輩、自分の記事がジャーナリズム賞を受賞したって話、聞いてません?」

「……うん。…聞いてない。」

「……お前、…まさか…ほんとに全部、何も聞かされてねぇのか?」

「……? 何も聞かされてねぇ、です。 」

「じゃあ先輩、賞金70万円のことも、聞かされてないんですか?」

「何?70万っ?え?わたしの記事、なんか賞、取ったんですか?」

混沌だ。これをカオスと呼ばずして何時が混沌だ。
わたしの知らないところで、何やらビッグなわたしの三面記事が号外で出されているらしい。

「これヤバいわ。完全に俺の伝達ミスだ。当の本人だけに知ってると思い込んでた。サメ子、すまん。」

「謝ってくれればそれでいいんですよ、じゃないんですよ!ちゃんと1からわたしに分かるように説明してください。」

編集長がチラリと潮田を見る。
代わりに説明してくれ、って意味だろう。

「今日は東京でジャパンメディアアワードっていう、編集者やら記者やらカメラマンなんかを対象にした、報道やメディアに関連する職業全般の表彰イベントがあります。主催は文部科学省。まぁまあ規模は大きめです。ちなみに、3ヶ月前くらいには社内で通達されてました。」

「そこでお前のジョブログの記事がジャーナリズム賞を取った。世の中の出来事や日々の時事的な問題にいい感じに突っ込んだ記事に贈られる名誉ある賞だ。当事者のお前にはサプライズのために黙ってた。ってことにしてくれ。マジゴメン。」

この期に及んで、さっきの怒号と沈黙をチャラにしようとしてる。
大人げないなぁ、とか思いつつも、わたしの鼓動は早くなる。

わたしの記事が、賞を取ったらしい。
わたしの仕事が、なんかとんでもなく偉い人たちに評価されたんだ。多分、そういうことだ。

「すごい…。凄いことですね。それ。」

「サメ子先輩にはスピーチの時だけわたしの服貸しますんで。喜ぶのはそれくらいにして、もう会社出ないと新幹線間に合わないです。チケットは私が3人分持ってます。」

喜びに浸るわたしに、潮田が腕時計を指さして言う。
文字盤が長ネギくらいの直径しかなくて、それ時間見えんの?と聞きたくなるが、この子がいてくれてよかった、と思った。
1番若くてキャピキャピしてるくせに、この中の誰よりも大人だ。

急いで机の上のファイルやら筆箱なんかを適当にリュックに詰め込んで、早足にオフィスを出ようとする2人の後ろを追いかける。

「ねぇ、わたしの賞取った記事ってどれ?お弁当屋さんのやつでしょ?え、もしかして占い師のやつ?それとも駄菓子屋さんのかな?あれ自信あったんだよ我ながら。」

そうだったらいいな。と思った。
岬ばあが脳内でわたしに親指を立てる。
編集長がこっちを振り向く。

「いや、あれだ。屠畜場のやつ。」

***


「サメ子、悪かったって。ごめんって。」

辞を低く、わざとらしくわたしに媚びへつらう真舟編集長をわたしは睨みつけながら口いっぱいにお寿司を詰め込む。

「ほら、サーモン食うか?サーモン。へい大将、こいつにサーモン握ってやってよ。デカいやつ。」

東京での表彰式も終わり、今は五反田のお寿司屋さんのカウンター席。
結局わたしは、文部科学大臣含むお偉い方や日本中の記者、その数約2000人の前で(潮田の服はサイズが合わなかったので)、"汚れてもいい服装"ことパーカーにジーパンの格好で壇上に上がり、ほぼアドリブで短いスピーチをした。
その時の記憶はもちろんほぼ無いが、潮田曰く、屠畜場で見た光景を思い出しながら淡々とロボットみたいに話すわたしが、会場にドン引きの狂飆を巻き起こしたらしい。

「な、サメ子、そんなに詰め込むなって。ゆっくり食べろよ。服、汚れるぞ。」

「汚れてもいい服で来たんです!!間違えて!」

反抗期の子供のようにわたしは喚く。
ごはん粒がポロポロとパーカーに溢れる。

「そいえばサメ子先輩、賞金の70万は何に使うんですか?」

潮田が甘海老をちまちまと食べながら聞いてくる。
寿司を一口で食べない人間がいるんだ、と自分の世界が今日も広がる。

「あぁ、実はさっき全部使っちゃったんだよね。」

「ドォヘ!!ゴッボォゴフゴフガフ!!!!」

編集長がブサイクな犬のように大きく咳き込む。
苦しそうに咽た後、お茶をガブ飲みする。
潮田が編集長の背中を平手でバンバンと叩き、ゴックンと無理矢理飲み込ませる。

「ハァ、ハァはぁ!? もう全額使ったぁ!? なに、お前、車でも買ったのか?借金か?まさか競馬か!?競艇!?
いや、ホストクラブか!?」

「もしかして男ですか?ついに男できたんですか先輩!結婚ですか!?」

「いや、車でも馬でも男でもないんですけど…
うーん…内緒。内緒です。」

賞金70万円は、正しい使い方をしたと思う。
「ヘイ大将。」と手を上げて、わたしは大トロを頼んだ。



2

「ジェット、それいいね。」

戦闘機の形をした銀色のネクタイピンを指さしてわたしは讃する。

「でっしょ!さっすが鮫川氏。目の付け所が素晴らしい。零戦の21型なんだよこれ。零式艦上戦闘機の名を世界に知らしめた優美なディテール!表面は真鍮で仕上げてあるんだ。この滑らかなテクスチャー、堪んないよね。」

ネクタイピン1つ褒めただけなのにそれはそれはよろこんでくれた。

「何?戦闘機?ジェット君、せっかくのお京の結婚式なのになんでそんな物騒な見た目のものつけるの?ほんと男の子ってよくわかんない。」

「あのねぇ、辻宮氏、零戦の良さもわからないような人に言われたくないんだけど。今の僕らがあるのは歴戦を戦い抜いた彼らのおかげなんだよ?ネクタイもちゃんと意識して深いシルバー色に揃えてるんだ。」

いつもさながらにあすみちゃんと口論になる。
自分の胸元を指差すジェットのネクタイはがっつり戦時中の曇った空の色。
そこに真鍮の零戦が飛んでいる。
確かにセンスがトんでる。

場面は変わって今日はお京の結婚式。

地元九州に帰ってきたのは何年ぶりのことだろう。
「お京の結婚式があるから帰る」
とお母さんに連絡したら
「大人らしく、恥ずかしくない服装でね。」
と返信が来た。

大人らしく、か。
お母さんはいつもそればっかり。


"結婚式"というものに呼ばれたのは初めてのことだった。
服装、お祝儀、テーブルマナー、披露宴、祝電、お色直し、チャペル、シャンデリア、カタコトの神父さん、めちゃくちゃデカいケーキ、聞いたことない料理、お米のシャワー、飛んできたブーケ等々。

初めての事だらけで、わたしの頭は「なにこれ」の処理が追いつかずパンク寸前。
お京には悪いけど正直めちゃくちゃ疲れてしまった。

慣れない礼服に窮屈そうにしていると一人の女性がこっちに走ってきた。

「あら!鮫川音季ちゃん!!ときちゃんよね!?
あらぁ!ずっと会いたかったのよぉ!!」

会場に響き渡るくらいの大声で名前を呼ばれる。
お京のお母さんがヒールの高い靴ををカコカコ言わせながらすごい勢いで私に抱きついてきた。

「千鶴!ときちゃんも来るなら来るって言っててよ!!あらぁ〜!!ずっとあなたに会いたかったのよ。美人さんになったねぇ。」

お京のお母さんに最後に会ったのは確か中学卒業前。
その時に比べると、だいぶ血色もよくふくよかになった気がする。和装ではなく派手なドレス。
香水の匂いがちょっとキツイ。

「お久し振りです。」

「あなたが来るってわかってたらおばさん、唐揚げたくさん作ってきてあげたのにぃ!ねぇ、からあげ好きだったもんね?」

「お母さん、娘の結婚式でおばちゃんみたいなこと言わないでよ。恥ずかしい。」

「あら、後ろにいるのは辻宮あすみちゃんと三宮ジェットくんねぇ!2人とも大人になったわねぇ〜。おばさんも歳取るわけだわ!」

口元を押さえて笑うお京のお母さん。
当時は気品のある"上品なお母様"って感じだったけど
"おかん感"が濃くなってる。
お京もわたしも、いつかはこうなるのかな。

「三宮くん素敵なネクタイピンしてるのね〜!それもしかしてゼロ戦の21型?わたし戦闘機とか装甲車とか軍艦とか結構好きなのよぉ!52型とか?F3Hとか?男のロマンって感じ!」

「さぁすが京坂氏のお母様!ここで52型を出すとは完全にわかっていらっしゃる。そしてまさかのF3H!男's 浪漫・the・ファイアー待ったナシコレ」

「いいわよねぇ。うちの子女の子だからミリタリーとかガジェットに全然興味なくてねぇ。男の子ってやっぱりいいわねぇ。うん!いい!!!」

わたしとあすみちゃんとお京の「何言ってるの?」の冷ややかな表情も2人には届かず、
男's 浪漫・the・ファイアー、とやらに焼き尽くされる。

「火炎放射器とか最高ですよね。硫黄島で使われたやつ。」

「わかるわぁ〜!三宮くん、あっちの席でおばさんともう少しお話しましょう!」

「ちょっと2人とも!私の結婚式で銃火器の話で盛り上がらないでよ…」

お京の声も届かず、ジェットとお京のお母さんはホールの手前のテーブルでお酒を嗜みながら、火炎放射器の話に花を咲かせていた。
男's 浪漫・the・ファイアーの鎮火の方法は、式場のスタッフも知らないようだった。


「そういえば、あの占い師のお巡りさん呼ばなかったの?五十嵐さん、だっけ。」

あすみちゃんが不意に尋ねると、お京は苦笑して手をプラプラさせる。

「あぁ、五十嵐先輩はいいの。こないだの事件で忙しいみたいだし。」

あの事件の後日、わたしは再び五十嵐さんを訪ねて交番へ行った。
用件は「今回の当たり屋事件の全てを五十嵐さん一人の手柄にしてほしい。」というお願いだ。
要はわたしやお京の名前を出さないで欲しい、と。

五十嵐さんの答えはシンプル。
「意味がわかりません。」

「あの後、芋づる式に町の指定暴力団は検挙。勢力は大幅に縮小。鮫川さん、これがどれだけ凄いことかわかってます?」

事前に当たり屋とたまたま接触して面識のあったわたし。
一本背負いと殴打でとどめを刺したお京。
そう。計らずも大手柄を上げてしまったのだ。

各テレビ局のレポーターや記者に騒がれるのは
ある意味同業者としては面倒くさい。
暴力や任侠の匂いが日常に付着するのは御免だ、ってのもある。
特にマスコミにトラウマがあるお京だけでも
この事件からは遠ざけてあげたかった。

訳を話すと、以外にも五十嵐さんはすんなりと「人が良すぎますね。」と真意を見越したような目をして適当に小さく敬礼して、微笑んだ。
流石は易者。察しがいい。

わたしも小さく敬礼して交番に背を向けると、「あぁ、鮫川さん。」と五十嵐さんに名前を呼ばれる。

「千鶴ちゃん、学生時代にあなたの話をよくしてくれましたよ。自分がいま頑張れるのは、再会が楽しみな親友の為だって。」

口を真一文字に結んだまま、できるだけ無表情を固定してわたしは振り返る。

「千鶴ちゃんを高3で司法試験受からせて検察にしたのは紛れもなく鮫川さんですよ。彼女の頭ん中は家族とあなたのことでいっぱいでしたからね。千鶴ちゃんが正義感クリーチャーになっちゃったのはあなたのせいですから、今回の事件解決の要も鮫川さんって事になります。名誉監督みたいなもんです。」

名誉監督ねぇ。
笑ってしまいそうになる口元を隠すように
わたしは人差し指を立てた。
お巡りさんとわたしだけの守秘義務だ。

そんなこととは露知らず、もう当たり屋の事件のことは忘れてくれたかのように、目の前で少し恥ずかしそうに笑みを浮かべているお京。

ウエディングドレスを身に纏った彼女は、それはもう透き通るように白くて綺麗だった。
「わぁ…」と思わず声が漏れる。

立ち姿からして、わたしと全然違う。
シャンとした背筋と肩甲骨。首。
腰とおしりの美しいライン。華奢な指先。脚。
育ちの良さ、というのは直立不動で隣に並んだだけでこうもに滲み出るものなのか、と感心してしまう。

「音季。」

名前を呼ばれて我に返る。

「私ね、15歳のとき、4人でタイムカプセルになったこと、今となっては良かったって思う。」

お京がわたしの目をまっすぐ見て言う。

「私もおんなじ。絶対に動物のお医者さんになってまた3人に会いたい、って頑張れたもの。」

あすみちゃんもわたしの方を見る。

急にそんなこと言われたら恥ずかしい。
恥ずかしさと申し訳の無さで
さっきキャッチしたブーケに目を逸らす。

遠くのテーブルでは、ジェットが酔い潰れたお京のお母さんを介抱している。

わたしたちの視線に気づいた彼は、灰色のネクタイを掴んで離さないお京のお母さんから無理矢理ネクタイを解いて脱出する。

中学生なんてみんな平等に3年しかない。
もし100年生きたとしてもそのうちたった3%だ。
その3%の日々をわたしは選んで
今でもこうして寄り添って
一生の居場所にしたんだ。

窮屈な礼服のシワを適当に正して3人の前に立つ。
「タイムカプセルになろう」とみんなに伝えたあの日みたいだ。


大人と子どもの人格が入れ替わってしまったわたしと私。
狭間に生きてたあなたはさぞ、大変だっただろう。
もう9年も経つ。流石に時効だ。
みんなにちゃんと話そう。

「実はね、タイムカプセルになろうって考えたの、
わたしじゃないんだ。」

わたしの言葉に3人は不思議そうな顔をする。

当然の3人のリアクションに、わたしは息継ぎをして続ける。

「わたしはもう、あの時みんなには二度と会えないと思ってた。ごめん。騙してたつもりとかは無いんだけどさ、あれわたしのアイデアじゃないの。
今を精算して、やり直しなさいって言われたんだ。」

3人はわたしの次の言葉を待つように、口を閉じている。

「ほんとはね、4人だけじゃないの。もう1人、いるんだ。一緒に9年間、タイムカプセルになってた人。わたしの人生をリセットして、みんなに会えなくさた人。」

礼服の裾を摘んで、弄って丸める。
こんなタイミングで自供が始まるとは
わたしも思ってなかった。

「なんでその人は、君にわざわざそんなことさせたの?」

「わたしも、ずっと考えてた。今は何となく理解してるけど。ちゃんと真実を聞いてくる。納得する理由があるんだ。まだその人、タイムカプセルのままだからさ、式が終わったらこの後、起こしに行こうと思ってる。」

何故か泣きそうになるのを堪えながら、真相を打ち明けるわたしとは対照的に、意外と3人は年末の大掃除が終わった時みたいに、晴れ晴れとした表情をしていた。


タイムカプセルになった15歳のあの日。
わたしたちが離れ離れにされた卒業式の日。
今日までの9年間、辛いことが数え切れないほどあった。
誰かに縋りたくて、自分という人間がダメ過ぎて
テトラポットの上でただただ涙を流す日々が何年も続いたなんて、言えない。
しっかりと自分と向き合って、磨き続けた3人はほんとに立派だ。

「行っておいでよ。音季。」

ウエディングドレス姿のお京が、わたしの顔を覗き込んで微笑みかける。
うん、とわたしは頷く。
いい結婚式だったな。
と会場の景色を目に焼き付ける。

そういえば、まだ言えてないことがあった。
あのさ、お京。

「結婚おめでとう」

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