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タバコはほんとに農業だった

「ロングとショート、どちらですか?」

コンビニの店員から、ネプリーグの最後のトロッコ並みの難問を突きつけられた。

なんでおんなじ値段なんだよ。馬鹿。
タバコなんて大嫌いだ。

※※※※

23歳くらいのとき。

仕事の休憩時間、「そこのタンセブでタバコ買うてきて。」と先輩にパシられた。

「タンセブってなんですか?」と聞くと

「いや、田んぼの真ん中にあるセブイレやん笑」

と笑われた。

「わかるわけないじゃないですか!」と普通にイラッとした。

地元のルールを当然に展開しないで欲しい。

あとセブンイレブンのことセブイレって言わないでほしい。これも大阪ルール。


一人でタバコを買うのは初めてのことだった。

ガソリンスタンドやスターバックスに初めて来たときのような緊張感のそれだ。

レジで「メビウスください。」と平静を装って注文した。
いつもメビウスにはお世話になってます!の顔で。


「メビウス…、メビウスワン?すいません。番号でお願いします。」

自分の母親と同じくらいの歳の店員さんに、僕のハッタリは簡単に弾かれた。

見ると、【MEVIUS】と書かれたタバコだけで30種類くらいあるではないか。

あ〜ぁ、初めてのおつかい、終わったな。。

と思った。


とりあえず先輩がいつも吸っていた青色の箱を小さく指差して「〇番のやつです。」と情けない声で注文した。

その時点で完全にタバコも吸ったことないパシリ坊やだと気づかれていたと思う。
もう負けが確定したのでこの際どうでもいい。

あとはお金を払うだけだ、と安堵していた僕に一抹の容赦もなく店員さんが突きつけてきたのが「ロングとショートどっち?」問題である。

なんなんだよもう!タバコ買うのムズすぎだろ。なんで長さ違うのに値段同じなんだよ。馬鹿!

早くその場から立ち去りたかったので、とりあえずロングの青いメビウスを買って先輩の元へ。

奇跡的に先輩が吸いたかった"MEVIUS"と完全一致していたようで、心のなかで叫んで喜んだ。

脳内ではロッキーのテーマが流れていた。



長々とタバコにまつわる思い出話を書いてみたが、ここからは簡潔に。単刀直入に。本題へ。


僕はタバコが嫌いだ。


タバコ自体に嫌悪感があるのはもちろん、

あっ、この人喫煙者なんだ…とわかると心の中で距離を取ってしまう。

中学生の保健体育で【タバコ、駄目!吸うな!】という授業があったけど、ニコチンとタールと一酸化炭素の毒性と危険性を教えてくれた先生はゴリゴリの喫煙者だった。
副流煙と受動喫煙の話を聞いて
「いやお前ぇだよ!」と内心 根性焼きしていた。

毎日タバコを吸っている父親の誕生日に「長生きしてほしいから禁煙グッズを買ってあげるね」と言ったら「早死してもいいからタバコは辞めたくない。やめてくれ。」と言われた。

じゃあいつでもどこでも吸いたいだけ吸ってくれ、とほぼヤケクソで携帯灰皿をあげた。

「タバコは農業だ」と書いてある雑誌の広告を見て、「正当化するな」と鼻で笑った。


「わざわざ不健康を買う奴の気がしれない」

「年間10万円以上なんてマジでお金が勿体ない」

「タバコなんて世の中から無くなればいいのに」

と思っていた。幼い頃は。


先日、仕事で山奥に住むお客さんのお家の水回りの工事に行った。

歳は80過ぎの老夫婦。仏様か何かかと見間違うくらいにっこにっこしていて、顔の皺がそのまま笑顔になっている優しそうなおじいさんとおばあさん。

朝5時に起きてお墓参りと朝ごはん。
日中は干物を干したり自家製の味噌を作ったり。
温かい季節は田んぼと畑のお世話。
寒い季節は割った薪でお風呂を沸かす日々。
らしい。

情報、トレンド、テクノロジー、美容、収入、電車、承認欲求、、

そういったものから完全に隔離され、自然の中で暮らしている【人々の目指す究極最終形態】だ。

5秒とかからずこの老夫婦を大好きになった。

15時になると、手作りのけせん団子とみかんを持ってきてくれて、ひなたの切り株のベンチに腰掛けて休憩した。

その時に初めて聞いた。

タバコは農業】という話だ。


二人は70年くらい前に、まだ山だったこの土地に引っ越してきた、らしい。

終戦後、というワードがいきなり出てきてちょっとビビった。
切なくなって、胸がキュウっとなった。


森を開拓して、葉タバコの畑を始めた。

重機も技術もまだ無い当時、たったふたりで山を造成して、ゼロから農業を始めたらしい。

敵わないな、と思った。
偉いとかスゴいとかはゆうに超越している。
昔の人はほんとに尊敬する。敵わない。

7反(約7000平方メートル)の壮大な広さの畑。
体育館7個分くらい。気が遠くなる広さだ。
冬に種を蒔いて、春〜夏の間に収穫して、3ヶ月ほど乾燥させる。
正真正銘、農業である。

戦後から生産量はうなぎ登りで、正直めちゃくちゃ稼げたらしい。
タバコ産業は昭和から平成にかけて、日本の重要な財源だったのだ。

今は倉庫になっている牛小屋に、葉たばこを乾燥させる機械が見えた。
錆びついていたけど、目新しくてカッコよかった。

禁煙・分煙による喫煙者数の低下・紙巻きたばこの販売減少、農家の高齢化、後継者不足・度重なる増税などの問題から、この20年で葉タバコ農家は8割近く減っているらしい。

「人生を捧げてきたタバコ産業が廃れてきているのは、正直悲しい。でも、タバコのおかげで自分たちは今まで生きてこられたし、今日もご飯を食べられる。」

使われていない器具を見つめながらおじいさんは教えてくれた。

タバコは肺がんのリスクのある嗜好品だ。
それは間違ってない。

でも、戦後の日本の産業を支えてきた、れっきとした農業なのだ。
目の前で微笑んでいる優しい老夫婦の人生そのものだ。
タバコ産業に携わっている全ての人たちの大事な仕事だ。
愛煙家の命だ。人生の楽しみだ。

教科書の知識だけで『煙草という文化そのもの』に勝手にマイナスなイメージを抱いて全否定していた自分を恥じた。

これから先も、おそらく僕はタバコを吸わないだろう。
喫煙者に染み付いた臭いに顔をしかめるだろう。

でも、

タバコは農業だ。それはほんとだった。
僕の大好きな人が愛した産業だ。文化だ。


これから先、タバコ産業が衰退していくのであれば、それを悲しく思う。
大阪の先輩に「俺、タバコ辞めたねん。」と言われたらすぐにメビウスを買いに走る。
父親が検診で引っかかったら「そりゃあそうだよね」と一緒に笑ってあげられる。

タバコのことをたくさん教えてくれたおじいさん、おばあさん。
本当にありがとうございました。

ただ一つだけ心残りがあるとしたら、お話ししながらふたりとも普通にICOS吸ってたのだけは許せませんでした。
みかん食べながら「ええええええぇ!!!!!!」ってギョロ目だけでツッコミしてました。

フィルター千切って豪快に吸って
「ニコチンは直で吸うのが一番キマるんよ」
くらい言ってほしかったな。

絶対紙タバコだろ、そこは。

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