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彼は何故 飛んだのか?

「お花はビニール取った方が良いよね?川に流しちゃったらダメだよね」
「その方が良いかもな。取れる?」
「うん、大丈夫。海斗、そっち引っ張って。オッケー!半分ずつ流そう」
「風あるから、この橋の高さだと川に落ちる前に飛んできそうだな」
「その時はその時で。せーの」
「お!上手く着地」
「手、合わせて。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏~」
「うちは南妙法蓮華経だ」
「そうなの?透のうちは何だっけ?」
「憶えてない。葬式の時に聞いたけど、もう1年も前だしな」
「だよねー」
「受験やら一人暮らしやら、やることいっぱいあったしな。結局、全員で集まるのに1年かかった」
「うん‥ 透、怒ってるかな?薄情な友達だって」
「透はそんな事で怒るようなやつじゃないよ」
「ははは、確かにね」
「‥ あの日さ」
「うん?」
「透がここから落ちた日ってさ、11月のわりにあんまり寒くなかったよな」
「そう‥だった?」
「確か、俺も菜々加も制服のジャケットの上に何にも着て無かった」
「憶えてないけど‥何か気になるの?」
「うん。いや、たいした事じゃないけどさ。透はいつも、黒いロングコート着てただろ?」
「あ~!着てた着てた!高1の頃からずっとだよね。最初見た時、スカしたやつ居る!って思ったもん」
「まぁ、似合ってたけど。それがさ‥」
「うん?」
「あの時俺達の横、すり抜けるみたいに走って、ジャンプして。落下する前に、コートが羽根みたいに広がって‥」
「‥」
「あいつ、飛んだ、よな」
「‥ そうだったね。黒いコート、烏の羽根みたに見えた。烏が羽ばたいて、飛んだ、ね」
「あんなに明るいやつだったのに、自分から?って思ったけど、病気で休む事多かったし、やっぱり悩んでたのかなぁ」
「‥今更だけど、本人にしかわかんないよね、やっぱり。樹ならわかってたかも知れないけど」
「樹な。あいつ今日来ないんだろ?」
「来ないって。昨日一人で透の家に行ってお参りしたからって」
「樹らしー」
「そろそろ学校の方に行く?ここには誰も来ないみたいだし、みんな待ち合わせ場所に行ったのかも」
「だな。行くか」

「おーい!海斗!菜々加~!」
「あ、順平だ」
「わー!順平~、久しぶり!」
「久しぶり!二人とも元気だった?」
「昨日もラインで言ったけど、元気だ」
「そうだけどやっぱ顔見て聞きたいじゃん。うわぁ!菜々加キレーになったね」
「あ、ありがと。ってか、順平らしくないこと言うからびっくり!」
「都会の風に吹かれ過ぎたんじゃないか?大学で友達出来たか?」
「二人とも失礼じゃん!海斗は相変わらず口悪いし。僕だって友達くらい出来たよ」
「そりゃ良かったな」
「それより、二人は歩道橋の方には寄って来なかったの?」
「歩道橋?」
「歩道橋って?」
「ほら、透が落ちた歩道橋だよ」
「順平何言ってるの?透が落ちたのは橋の上からでしょ。川に落ちたじゃない」
「えぇ!? 菜々加こそ何言ってるの?透は幹線道路の所の1番大きな歩道橋から落ちたじゃん!」
「歩道橋から幹線道路に落ちたって?で、車にでも轢かれた?」
「そうだよ」
「はぁ?マジ言ってる事わかんない!」
「それはこっちのセリフだし!だって僕、あの時見てた。歩道橋に透がいたから追い付こうと階段駆け上がって、そしたら透が歩道橋の手すりに足かけて、飛んだ」
「‥飛んだ」
「私と海斗は橋の上から透が、飛んで、川に落ちて行くのを見たよ」
「あの日?」
「「あの日」」
「どういうこと?」
「知るか。お前の記憶違い?」
「こんな大事な事、記憶違いするわけないじゃん!」
「う~ん‥とにかく、学校に行ってみよ。他の二人にも聞いて確かめようよ」

「あれ?あっち側にいるの、莉乃?」
「あ~!ホントだぁ!莉乃~」
「手振ってる。間違いないな。でも雰囲気変わったな」
「莉乃は元々大人っぽいから、磨きがかかったんじゃない?」
「そういうもんかな」
「みんな元気だった?会いたかったわ!」
「莉乃~!私も会いたかった~」
「菜々加~!会えて嬉しいー!」
「僕も嬉しいー!ハグして?」
「イヤ」
「ガーン!」
「ははは!順平相変わらずね。海斗もちっとも変わってない」
「おかげさまで。老けなくて有難いよ」
「中身も海斗のまま!」
「ねえ、莉乃。変なこと聞くんだけど」
「うん?どうしたの、いきなり」
「‥あのね。透がどこで亡くなったか、覚えてる?」
「どこでどうやってか、って、莉乃覚えてるか?」
「どこって‥ 駅のホームでしょ。ホームから落ちて、そこに電車が来て‥」
「…‥」
「莉乃、それ見てたのか?」
「見てたわ。私、ちょうどバス停にいて。6番ホーム、あそこだけバス停から見えるでしょ?あ、透だって気付いて、透も気付いて手を振ってくれたから私も振り返したの。その後、両手を水平に広げて、透、飛んだ」
「飛んだ?」
「そうよ。正にあれは、飛んだ、って感じ。着てたコートが広がって落ちていったの。私びっくりして、動けなかった‥っつ」
「莉乃、辛いこと話させてごめんね。でもね‥」
「実は俺達も、透が飛ぶ所を見てるんだ」
「‥え?どういう事?みんなも駅にいたの?」
「いや、違う。俺と菜々加は橋で」
「僕は歩道橋から、透の飛ぶ姿を見てる」
「それは同じ日」
「同じ、あの日だよ」
「意味がわからないわ。何かの冗談?」
「こんなことで冗談言わないよ。私達にもわからないの」
「じゃあ、透が亡くなったのは何故?」
「それも‥はっきりとわからない」
「‥本当に、どういうことなのかしら」
「この流れから行くと、賢太も違うこと言いそうだな」
「そうかも。学校に行ってみよう」

「まだ来てないかな?」
「あれ?門が開いてるよ。日曜日なのに」
「中に入って大丈夫?」
「‥‥~ぃ!」
「ん?」
「何か聞こえない?」
「おぉーぃ!‥っち、こっち!」
「あ!屋上!あれ賢太じゃん?」
「本当だ!賢太~!!」
「上がって来てよーぅ」
「行こうぜ」
「うん」

「賢太、元気そうじゃん」
「うん!元気元気!」
「賢太~!相変わらずお腹ポヨポヨ~」
「え~!ちょっと痩せたんだよ、これでも」
「嘘だろ?逆に太ってないか?」
「海斗は相変わらずだね」
「そうそう。海斗は口悪いまんま」
「でもよく中に入れたな。しかも屋上の鍵まで開けて」
「あー、それはね。オレん家学校の近所だからさ、ここの用務員さんとはご近所付き合いっていうの?普段から顔見知りだから、お願いしたら開けてくれた」
「へー。まぁ賢太はずっと地元だしな」
「懐かしい。後で教室にも寄りたいわね」
「うんうん!寄ってこー!で、賢太」
「ん?」
「賢太はあの日、透を見た最後の場所は何処?」
「え?急に何?最後何処って‥ここに決まってるし」
「‥やっぱり」
「やっぱりって何だよー。だって、透さ、ここから落ちたじゃん」
「「…」」
「オレ、ここからグランドで走ってるサッカー部の後輩眺めてたら、いきなり後ろから透が来て。あっ!て思ってる内にフェンス、飛んで、落ちてった」
「…飛んだんだな」
「飛んだよ。透の長い足ならひとっ飛びって感じでさ」
「ふーっ。やっぱりそうなのか」
「えー?海斗、やっぱりって何?みんなもどうしたのさ!」
「歩きながら話す。透の家行くぞ」

「みんな来て下さって、本当にありがとうね。透も喜んでるわ」
「いえ、おばさん。こちらこそ全然来れなくて、1年もたってしまってごめんなさい」
「いいのよ。みんな大学行って忙しいんだし、お家離れて1人暮らしも大変でしょう。どうぞ、こちらでお茶でも飲んでちょうだい」
「ありがとうございます。頂きます」
「頂きます」
「昨日ね、1年目の法要をしたのよ。樹くんも来てくれてね」
「樹、法要に?」
「ええ。こちらから出席してくれないか?ってお願いしたの。透とは小学校から仲良くしてくれてたし、何より透を最後に病院で看取ってくれたのは、樹くんだから」
「え?」
「樹が?透を看取ったんですか?」
「樹くんから聞いてなかったかしら?」
「「…」」
「あの…透は病院で亡くなったんですか?」
「ええ。元々体が弱くて学校もよく休んでたでしょう。肺の病気を患っててね。度々発作があったわ。あの日も、学校帰りに発作が起きてね。一緒にいた樹くんが救急車を呼んでくれて、病院で一度は落ち着いたけどまた発作がきて。私達が病院に着いた時にはもう…」
「…樹が、病院で」
「樹くんから話を聞いてるとばかり思っていたわ。ごめんなさいね。知らなかったのね。
そうだ、透の部屋見ていかない?海斗くんは何度か来てくれてたわよね。あのままにしてるのよ」

「凄い!飛行機関係のものばっかり!」
「透、パイロットになりたがってたもんね」
「この模型、マジ本物みたいじゃん」
「透は空が好きでね。いつか自分で、飛びたい、って言ってたの」
「飛びたい…」
「空自か航空学校に行くって言ってたのよ」
「そう言えば、そんな事言ってたかも」
「僕も聞いた事あった」
「あ、このコート」
「それね。いつも着てたでしょう。風邪引くことが本当に危険だったから、真夏以外はほとんど着てたわね。あの日も…着ていたわ」
「透に似合ってました」
「ふふ、ありがとう。あの子幸せね。こんなにたくさんお友達がいて」
「…」
「あの子最後に、空を、飛べた、かしらね」

「おばさんの話」
「うん。どう言うことだろ?」
「‥でも、僕。何となく思い出したよ。透は確かに病気で亡くなったって」
「俺も思い出した。樹から連絡来て、俺、病院に行ったんだ、あの日。その時樹が、透が発作を起こしたって言ってた」
「私も。考えてみたら、電車が来て轢かれていたら騒ぎになっていたはずなのに、何故かその記憶がないの。おかしいわよね」
「うんうん。それはオレもだよ。屋上から落ちた後の地面を見た記憶がない」
「‥ねえ。樹に連絡とってみようか?透ん家のおばさんが言うには、今日の午後の飛行機で帰るらしいから、まだこっちにいるかも」

「よう!ありがと。わざわざみんなで、空港まで見送りに来てくれて」
「わかってると思うが、絶対違うからな」
「うわぁ!海斗らしいお答え!」
「樹、明日は祝日なのに、もう帰るの?」
「うん。休み明けまでに提出しなきゃならないレポートあってさ」
「やっぱり医大生は違うね。忙しそうじゃん」
「まぁね。順平だって理化学部、レポート多くない?」
「そうだね。でも今は実験とか統計取りとか、そんなんばっかりだよ」
「そうかそうか。で、友達出来たか?」
「樹までそんな事言うー!!」
「ははは。まぁまぁ。そうだ、展望台行こうよ」
「わぁ!行こう行こう!」

「お!そろそろ飛行機離陸するところかな」
「どこ行きかな?」
「多分、南の方だよ。さっき発着案内に出てた」
「賢太、よく見てたわね」
「鉄ちゃんの習性。電子掲示板は見ちゃうんだよね」
「そうだ。賢太は鉄ちゃんだったもんね」
「‥鉄道と飛行機の話、透とよくしてたんだ」
「「‥‥」」
「で、みんな。俺に聞きたいことあるんでしょ?」
「そうだ、樹。透が死んだ時の事についてだ」
「…うん。そうだと思った。みんなさ、透の飛ぶ姿、見たんだね」
「飛ぶ、姿?」
「見た」
「見たわ」
「あの日、みんなそれぞれの場所で、透の飛ぶのを見てる。それは透が自ら、飛んで、落ちていく姿だった。だから俺達は、それが透の死に繋がったと思ったんだ」
「‥…そっか。透、成功したな」
「成功って、どう言うことだよ?」
「空」
「空?」
「透、空を飛びたがってた。おばさん言ってなかった?透からも聞いたことあっただろ?」
「うん。聞いた」
「でも、その夢は叶わないこともわかっててさ」
「「…」」
「最後にみんなに、飛んでる、姿を見せたかったんだ」
「飛んでる、姿を?」
「そう。思いっきり飛ぶ自分を憶えてて欲しいって」
「透の、飛ぶ、姿」
「発作が起きて、俺は透に付き添って病院に行った。本当に大きな発作で、もしかしたらおばさん達も間に合わないかも知れない。透、心細かったと思う。だからずっとそばにいた」
「「…‥」」
「でも、一瞬呼吸が落ち着いたんだ。その時透が、飛びたい、って。みんなの前で飛んで、それ、みんなに憶えてて欲しい、って言ったんだ」
「そんな事、言ってたんだ」
「そう。だから何でかみんなに、透の、飛ぶ、姿が記憶されちゃったんだ。まぁ、透の最後の思いが通じたのかな、空にさ」
「そうなのかな…」
「まったく、透のヤツ」
「こんな風に記憶させなくても、ねぇ」
「あ~、でも透らしいかも。真面目なのに急に突拍子もないこと言ったり?」
「そうかもそうかも!たまに思い出したように、オレのお腹掴んで来たりしたもん」
「賢太のお腹は、掴んでみたくなるよ。透も我慢できなかったんじゃない?」
「えー!!それ~?」
「「あはははは!」」
「あ!飛行機離陸するわよ」
「透、乗ってるかも!」
「僕、手振っちゃおうかな」
「そうだね。振ろう」
「透~!行ってらっしゃ~い!」
「ちゃんと、飛んで、たよ~!」
「鳥みたいだった~!」
「またな~」
「じゃあな~!」
「……ねぇ、海斗?」
「ん?菜々加、どうした?」
「透の家、南無阿弥陀仏でも南無妙法蓮華経でもなかったね」
「ああ。まさかクリスチャンだったとはな」

        ~彼は何故 飛んだのか?~
                  終


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