SciCom in Action: 科学コミュニケーションとは何か

日本科学振興協会(Japanese Association for the Advancement of Science ; JAAS)の第1回総会・キックオフミーティングが開催中(会期:2022年6月18-24日)ということで,Twitter上でも科学コミュニケーションに関する議論が増えているようなので,筆者が考える科学コミュニケーションについて少しまとめておきたいと思います.

筆者は,日本科学未来館で科学コミュニケーターをしていたこともありますが,現在の本業は企業におけるビジネスプロセスの自動化であり,いわゆるDXを推進する仕事をしています.このマガジンの他の記事でも触れていますが,DX一つとってみても、哲学、数学、物理学、生物学、社会学などの異なる階層から見てみると,世間一般に語られているDXとは全く異なる姿が見えてくると実感しています.

科学コミュニケーションにおいて重要なのは,科学の進歩がもたらす新たな世界観を,社会を構成するあらゆる階層に広げていくことだと考えています.特に,現実世界に対峙するビジネスの現場などが抱えている具体的な課題を,そうした新たな世界観によって解決できたという経験が草の根で広がっていくことが重要だと考えています.

そうした成功体験が広がっていくと,社会と科学との間に相互作用のループが生まれ,自己組織化的に社会と科学との間に共存関係が築かれていくのではないかと考えています.その社会と科学の相互作用のループが日本では形成されにくいと感じています.自己組織化の文脈で言えば,ループが繋がらないので束縛閉回路[1]が形成されず,安定して存在できない状態と言えます.

歴史学者のYuval Noah Harari氏は「共同主観」の重要性について指摘しています[2]が,安定した共同主観が形成されなければ人の行動は変わることはないと考えています.DXについて見ても,組織を含むシステム全体の状態を,現在の準安定状態から別の準安定状態に移動させる[3]には,共同主観を変えるだけの物語が必要で,そういう物語がなければ,DXは成功しないと実感しています.そうした物語が信じられて広がるためには,それを支える新たな世界観を示す必要があり,まさにそれこそが科学コミュニケーションの重要な役割だと筆者は考えています.

そして,新たな世界観が浸透するためには,新たな世界観について説明するだけではなく,新たな世界観が現実世界で機能することを行動で示す必要があると考えています.科学コミュニケーターは,社会のあらゆる階層において新たな世界観を行動で示す媒介子であるべきだと考えています.そうした媒介子が,特に現実世界と対峙する階層に近い領域に増えることを期待しています.そして,そうした階層にこそ科学コミュニケーターがもたらす新たな世界観を必要としている人達が多いのではないかと現場にいながら感じています.

  1. Stuart Alan Kauffman, "WORLD BEYOND PHYSICS: 生命はいかにして複雑系となったか", 森北出版 (2020).

  2. Yuval Noah Harari, "ホモ・デウス",  河出書房新社 (2019).

  3. 金子 邦彦, "普遍生物学: 物理に宿る生命、生命の紡ぐ物理", 東京大学出版会 (2019).

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