こまつ座『シャンハイムーン』金沢公演

 『シャンハイムーン』は朗読から始まった。会場に合わせてセリフはいつもよりゆっくりだったらしい。だが、金沢歌劇座ではなかなか耳が慣れなくて、声を拾い難かったのがとても残念だった。
 本棚に囲まれた書店の2階に、中国国民党に追われた魯迅がかくまわれることになった。魯迅(野村萬斎)は書店の主人・内山夫妻(辻萬長・鷲尾真知子)をとても信頼しているようだった。夫妻もまた彼にとても親身に接していた。魯迅はいろいろ持病を持っていたようだが医者嫌いで妻・許広平(広末涼子)は手を焼いていた。そこで内山夫妻があの手この手で医者・須藤(山崎一)と歯医者・奥田(土屋祐壱)の診察を受けさせようとする。一方は魯迅の大ファンであるといい、また一方は画家であるという。テンポの良いドタバタで、6人の絶妙で穴だらけのやりとりに笑いが漏れる。業を煮やした奥田が麻酔用のガスを、須藤が止めるのも聞かず魯迅に吸わせると、魯迅の様子がおかしくなる。口に出そうとした言葉と実際に発した言葉が合っていない。人を正しく認識できない。内山書店にいる人々を恩師や以前ゆかりのあった人たちと誤認して、魯迅は彼らに詫びの言葉を重ねるのだ。悲痛な面持ちの魯迅に対し、医師たちは間違われた人になりきって会話を重ねる。なんとか魯迅を救いたいと思う内山夫妻と医師たちの一生懸命さが滑稽で、魯迅の辛い過去の言葉を聞きながらつい笑ってしまう場面である。ただ妻の広平は笑えなかった。彼女は正妻と間違えられたのだ。
 魯迅には母親が決めた正妻がいて、今も母と一緒に故郷に住んでいる。正妻を愛することができず酷くぞんざいに扱い、彼女の幸せを奪ってしまったことを広平に詫びるのだ。正妻の事を恨んでいた広平だったが、魯迅の詫びを聞いているうちに正妻の辛さを感じていく。
井上ひさしの強い思いがこもった言葉はたくさんあった。だが強く印象に残っているのは魯迅が自身の奥底に隠していた母と正妻と妻へのこだわりを吐露していくところだ。正妻への言葉から当時の中国の習慣とそれに抗う魯迅の行動が伺えるが、正妻は結局古い習慣の下に縛りつけたまま、広平を自由な恋愛の対象とした。正妻は若い学生だった広平を警戒し、広平は正妻の地位に着く妻を妬ましく思っていた。中国の習慣が女たちを苦しめたのか、魯迅が彼女らを苦しめたのか。魯迅の言葉から正妻に同情した広平は、正妻と手紙のやり取りをするようになる。ただこれは本来魯迅が正妻に向き合い、広平に向き合うべきことではないだろうか。嫁姑問題を他人事としてしまう男性たちとイメージが重なった。
出演者は芸達者な俳優たちだった。独特な声と動きを見せる野村萬斎が違和感なく馴染んでいたのは彼の力はもちろんだが、周りの力量の高さもあるだろう。辻萬長と鷲尾真知子の安心感・安定感はこの舞台の肝だったと思う。男性キャストの中でひときわ若い土屋祐壱も負けない濃さがあって良かった。大千秋楽だった金沢公演のカーテンコールでは金色の紙ふぶきが舞った。驚いた出演者たちは笑顔だった。
時折強いメッセージが発せられていた芝居だった。一番強いメッセージはラスト近くの魯迅のセリフだっただろうと思うが、そこで携帯の音が鳴って一気に集中力が切れてしまった。携帯の音は何度も鳴った。バイブ音も聞こえた。『シャンハイムーン』は人に伝えたい舞台だったが、そのたびに迷惑な携帯電話の音を思い出すのかと思うと、とても残念だ。

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こまつ座『シャンハイムーン』
【作】井上ひさし
【演出】栗山民也
【出演】野村萬斎 広末涼子 鷲尾真知子 土屋佑壱 山崎一 辻萬長

【日程】
2018/02/18(日) ~ 2018/03/11(日) (世田谷パブリックシアター)
2018/3/14(水)13:30/18:30開演、15(木)12:00開演(兵庫県立芸術文化センター)
2018/3/18(日)13:30開演(りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館・劇場)
2018/3/21(水・祝) 12:00/17:00開演(滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール中ホール)
2018/3/23(金)18:30開演、24(土)12:00/17:00開演(穂の国とよはし芸術劇場PLAT主ホール)
2018/3/31(土) 14:00開演(金沢歌劇座)※この公演を見ました


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