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人の役に立ちたいのか、それとも自分が必要とされたいのか

私の、人に必要とされたい、そのような渇望には並々ならぬものがあるわけです。
良く言えば人の役に立ちたい、自己中心的に言えば、人に必要とされたい。
 
私が最も経済的に苦しい生活を送っていた頃、主に学費を働いて稼ぎながら大学に通っていた苦学生の頃ですが、それこそ食い詰めた厳しいときには、ゴミ捨て場の食べ物を漁ったこともあるわけです。
 
夏場に捨てられたおにぎりは、一晩で糸を引くようになります。かぶりつこうと顔におにぎりを近づけると、ツンと、生ゴミの臭いがします。ひと齧りして手を離すと、おにぎりと口の間に糸が引くわけです。ですが当時の私はそこで「おえっ」となるわけでもなく、ただ冷静に「ああ、糸が引いているなあ。」と思いながら、むしゃむしゃと一心不乱に食べつくす。そんな精神性だったわけです。野獣のようなものです。生きるためなら何でもやってやる。現代のようにアルバイト感覚で特殊詐欺への加担を勧誘する悪者に乗せられ、取り返しのつかない犯罪者となってしまう。そんな悪縁に出会うことが無くて本当に良かったな、とつくづく思います。
 
当時の私には「みじめ」という感情すらありません。「みじめ」は恐らく、一度恵まれた、誇らしげな栄華を味わった人が、この状態に落ちた時に味わう感情でしょう。本来の私はこんなではないのに!と。
私はその状態がスタート地点にあるものですから、自分が何か透明人間であるかのような感覚です。世間の誰からも認識されていないし、明日死んでも誰も悲しまない。
そして今の現実に対する空虚とともに、未来に対する強烈な渇望だけがあります。人に必要とされたい。私の口に食べ物が運ばれてこないのは私が不要な人間だから。世間は私に、不要な人間は死ね、と言っている。それでも私は、おめおめと生き延びたい。
 
世の中が一変したのは、就職してお給料を貰って生活ができるようになってからでした。それはまるで、モノクローム映画の灰色の画面が、色彩豊かなカラーフィルムになったようでした。
お店で食べ物を買い、お店で買った洋服を着る。携帯電話を持ったり、旅行をしたりする、憧れたあの人たちと同じ生活。私はそれだけのことで、すっかり舞い上がってしまいました。
 
仕事はぶっ倒れるまで死ぬ気でやりました。とにかくあのゴミ溜めには戻りたくない。会社で出会う人は全てがお客様だ。雑用は全て奪ってでもやりますからいつでも申し付けてください。目の前の全ての人に必要とされるには何をして差し上げればよいか。
 
そんなスタンスで仕事を10年、20年続けると、いつの間にか私は「実務の鬼」になっていました。技術者としての専門性の部分はもちろんのこと、「目の前の全ての人をお客様だと思ってその人のために」という働き方は翻って、「チームの皆が最高のパフォーマンスを発揮するために私はどうすべきか」という行動に究極的につながってくるわけです。
 
会議の時に皆が一番自由闊達に話すにはどんなファシリをしたらよいか。皆に抽象的な方向性を分かり易く伝えるにはどんな企画書をまとめるか、どんなプレゼンをしたらよいか。分かり易いデータの見せ方は。チームが盛り上がって邁進しているときにも、何かに躓いて元気を無くし、取り残されているメンバーはいないか。
 
そのようなことを続けていると、いつの間にか、ある程度仕事を任せてもらえ、また人並み以上に十分豊かな生活をさせてもらっている自分がいました。ふと、私は自分自身に問いかけるようになりました。「私は何をこんなに頑張っているんだっけ?あの頃あれほどまでに渇望した豊かな生活は、もうここにあるじゃないか。」
 
「仕事というものは誰かに、世の中に役立つために懸命にするものです。」と声高に述べるつもりはありません。私自身を振り返ったときに、それは「必要に迫られて、そんな癖を身に着けてしまいました」としか言いようのないものでした。何か過去の慣性力の亡骸に突き動かされているような感覚すらあります。
 
またその「癖」は、確かに便利なものでした。どこの生産現場へ赴いても経験が生きるので周りからは助かる助かる、と言って貰え、実際に数字として成果が挙がっていきます。プライベートな時間でお手伝いしている貧困の子どもたちを支えるNPOでも、ファシリや企画等の実務力は重宝してもらえます。
 
今は、「こんな力を身に着ける境遇に置かれた私は幸運だった」という感謝の念とともに、「はて、神様は私にこのようなスキルを与えて今後は何をやれ、と言っておられるのだろう?」という問いを自らに投げかけています。そして、何かに役立つだけではなく、自分の心をより豊かに過ごすためには自分の心がどういう状態であるべきなのかを考えます。なぜなら、役立つことに渇望し、人に求められるように邁進努力する自分は、どのような手段を講じても今日の食べ物を手に入れよう、と思っていた当時の私とさして変わらないことに気付いたからです。
 

※タイトル画像はこの記事を書いている機内から望むダラス・フォートワース空港です。今は全米を飛び回る仕事なので、NPO関係のイベント企画書を作成したり、個人的なnote記事を書くまとまった時間はどうしても機内になってしまいます。


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