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俺の実家に聖火が一時的に安置されることになって半年が過ぎた

俺の家に聖火が一時的に安置されることになって半年が過ぎた。

 きっかけは些細な事だった。聖火リレーが中断となりリレーを行なっている界隈の天候が悪くなったため手近にあった民家に駆け込んで一時的な保管を依頼し様々な権利関係の問題から当面の間そこに放置する羽目になってしまった。ただそれだけだ。

 降って湧いた幸運に対して親父は脱サラをし焼肉屋を始めた。点火の際にチャッカマンではなく本物の聖火を使う派手なパフォーマンスによって俺の実家は外出自粛の世の中にも関わらず連日行列ができるような店になり一人暮らしを始める前にやむを得ず置いていった俺の趣味のコレクションはどれもこれも焼肉の煙の臭いが染み付いてしまった。

 先日帰省したときにそれに気付き、抗議の結果親父から渡されたのは今や行列のできる焼肉屋である実家のタダ券だった。これさえあればいつ来ても聖火焼肉を並ばずに食えるぞ!ととても素晴らしいものを渡すかのように言ってきたがお前は息子が実家に帰ってきてメシを食うのに金を取るのかと突っ込みたい気持ちでいっぱいだった。

「それでは火をつけさせていただきます。網は交換制となりますのでお手元のタブレットでオーダーをしてください。すぐにお待ちいたします」

 大学生くらいのバイトのお姉さんがとても気軽な感じで聖火トーチを持ってやってきた。先程渡されたメニュー表によるとオリジナルの聖火で点火してもらえるのは一番高いコースだけらしい。それ以下のコースだとオリジナルから株分けした子聖火を使うらしい。しみったれにも程がある。ロースターの中の炭にトーチが熱を与える。しばらくするとトーチは炭から離れお姉さんも去っていったがそこには赤い揺らめきを放つ炎が残る。こうして国内で手軽にお求めできるただの炭がはるばるギリシャから運ばれてきた聖火となった。正直最初はバカバカしいと思っていたが実際に目の前でその光景を見ると不思議と感動が湧き起こる。連綿と続く人類の歴史の前に自然と俺は炎に傅き肉を、脂を捧げる奉仕者となっていた

 網の上の肉から脂が垂れる。その滴が聖火へと注がれ火柱が噴き上がる。その熱でカリカリになったホルモンをご飯の上に載せてかきこむと悪徳の味がする。おお!大神ゼウスよご照覧あれ!かつてプロメテウスが神々の下より奪い去った火が今こうして人類の罪を深めている様を!この欲望に塗れた炎はオリンピアの祭壇に捧げられ数多の民の畏敬を集めるのだ!あっという間に米は茶碗から消えてなくなり俺はバイトのお姉さんにご飯と肉のおかわりを所望した

これは何ですか?


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