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ルリ・ミーツ・ミル

 年の瀬位は家に帰ってきなさいというお母さんからの長文メールに屈してわたしは新幹線に乗って実家へ帰る事となった。普段乗っている満員電車に比べると年末年始は完全指定席の新幹線という乗り物がいかに偉大かを改めて痛感する。久しぶりに帰ってきた金沢の街並みはそんなに変わってない感じがするが心なしか人が多い気がする。年末年始はだいたい香林坊や市場で色々買うのが嗜みだから今まで通りに戻ったと言うべきなのかもしれない
 お母さんからどうせ戻ってくるなら金沢駅で降りてアレとコレとソレを買ってこいと言われたので仕方なく街中を歩いていると良く言えば目立つ、悪く言えば田舎らしからぬ明るい髪色がふわりと揺れていた。一瞬あの金髪ポニテ大魔王を想像してしまったがアレはドギツい金で、今見たのはもっと淡い感じの色合いのツインテールだった。ちょっと離れた山の中にある全寮制女子校の制服を纏った小柄な少女がその正体で、そういや在学中にそこの制服を着た脱走兵の子を見かけたことがあったなあと思いながらすれ違い香林坊の方へ向かうと嫌なモノを見つけてしまった。今度こそ正真正銘のドギツい金。忘れもしないいつまで経ってもヤンキーみたいな風体
「あれ、ミルじゃん。奇遇〜!」
「何でいるんですか吉田さんは」
「アタシだって人間だから正月くらい実家に帰ったりしますとも。ミルも実家帰るんでしょ?」
「そりゃあまあ。吉田さんだってどうせ言われなくてもウチにも来るんでしょう?」
「うーんどうだろうねえ。アタシが来てまた話が拗れたりすると大変でしょ?」
「それを言われると…そうですけど」
「たまには家族水入らずで話しておいでよ。正月ってそう言うタイミングでもあるんだからさ」
 そんな話をしているうちに視線に気付いてしまった。さっきのツインテールの女の子が明らかにこっちを見ている。そして禁断のワードを口にした
「プリンセス…ミルミル?」
「どうしてそのワードを…!?」
 思わず詰め寄ってしまった
「うっそマジで本物!すっげー!実在したんだ!」
「…どういう事!?」
 かくかくしかじかと説明を聞くと少女はここ金沢が地元ではあるがカリフォルニアに留学していてつい最近こっちに帰ってきた。ガルラジファーストシーズンとセカンドシーズンは運営が頑張っていたので海外でも視聴でき、プリンセスミルミルと手取川海瑠の存在は知っていたがわたしの事は一切知らない。姿は知らないが今の吉田さんとの会話が聞こえてきてあれ?と思ってつい声が出てしまった。そんな事ある!?と内心思ったが口には出さなかった。そんな事ある!?は実際に何度もあったから
「すげーじゃんミル、サインあげたら?ミルミルの」
「サイン色紙が呪いのお札になってしまうからダメに決まってるじゃないですか。ヨシヨシちゃん」
「えっ、こっちのおねーさんあの『吉田さん』!?」
「おっ、アタシも知ってるなんてツウだねえ。えーっと…」
「大沢瑠璃乃!蓮ノ空女学院1年!」
「蓮の子かあ。アタシ達の頃はアレだ。スクールアイドル部みたいなのが頑張ってたから学校の入り口にでっけえのぼりが飾られてた」
「何で吉田さんが他校の入り口知ってるんですか」
「山奥だから峠を走り回る時のゴールの目印にちょうど良かったんだよ」
「ルリはそのスクールアイドルクラブの部員だよ」
「「えっ」」
 噂をすれば影がさすとはいうがあまりにもピンポイントだった
「じゃあルリは歌ったり踊ったりするんだ」
「そう!すぐそこの駅前広場とか徳光海岸とかいろんな場所でライブしたんだ!」
 何でそんなピンポイントな場所を選択したんだあなた達は。と口に出すのを必死に堪えるわたしを見て吉田さんがニヤニヤしている。後で怒る
「いいじゃん徳光海岸。アタシ達のラジオってそこの手前のPAの2階でやってたんだよ」
「PV撮る時のお昼にうどん食べたけどあそこで?」
「そうあそこ。世間って狭いでしょ」
「すげー狭い!…けど…その…ごめんなさい…充電切れた…」
 そう言うや否や瑠璃乃ちゃんがグラリと崩れそうになったので慌てて受け止める。わたしが支えている間に吉田さんが手早く脈とかそういうのを確認している。本当に無駄に何でもできる人だよなあ
「うーん、アレか。気を使いすぎるタイプ?」
「…はい」
「じゃあちょっとそこの公園行って休もうか。ミルちょっとその辺でお茶買ってきてもらっていい?」
「その…頼みがありまして…」
「どうしましたか?」
「そこそこ大きい段ボールを…」
「よくわからないけど持ってきますね。吉田さん瑠璃乃ちゃんを休ませる場所の位置情報後で送ってください」
「了解。じゃあルリちゃんちょっと失礼」
 こういう時に躊躇いなくお姫様抱っこをできる人間だから無駄に女の子のファンがいるんですよねえ…と軽い嫉妬を覚えながら自販機でお茶を買って近くの商店で段ボールを貰ってきた。地元のリポーターをしていた経験が活きて快く譲ってもらえたが本当に何に使うんだろうか
 指定されたベンチに行くと半分虚ろな目をした瑠璃乃ちゃんが吉田さんにもたれかかる感じで休んでいたがわたしの持ってきた段ボールを受け取ると物凄い勢いで『中に入った』
「「えっ?」」
 思わずふたりとも同じ声が出た
「あざーす!」
 少し元気が戻った返事が段ボールの中から聞こえる
「どういう事なんですか吉田さん」
「人とずっと喋り続けると気疲れする事ってミルだってあるでしょ。アレの大きい版みたいな感じになりやすいんだよルリちゃんは。だから人気のない場所で落ち着けば楽になるかなと思ったけどそれ以上に物理的な方法で解決してるんだなあこの子は」
「誰とも会わない日は自室でジャージのままゲーム三昧みたいな一時期の吉田さんみたいな事を今箱の中でしてると」
「ちょっと辛辣じゃないミル〜」
「だってウチにいた間そうだったじゃないですか」

 そんな感じで他愛もない会話を暫くしていると段ボールがモゾモゾと動いて
「ルリふっかーつ!」
 出会った時以上の元気を発揮した瑠璃乃ちゃんが飛び出してきた
「もうこれでバッチリ、寮に戻るまでフル充電!ありがとう海瑠さん!吉田さん!」
「よかったよかった。そうだルリちゃん、今度アタシ達がラジオやるって言ったら来てくれる?プリンセスルリルリ」
「うーん…凄い良い提案…でもルリにはめぐちゃんがいるからごめんなさい!ワケあって携帯で連絡できないんだけど『みらくらぱーく!』でルリは活動してるからそこに連絡してくれれば!そろそろ門限のバスの時間なんでそれじゃあ!ありがとうございます!」
 そう言って瑠璃乃ちゃんは走り去っていった
「フラれちゃった!」
「そもそも頼まれてもラジオはやりませんよ」
「えーやろうよー!富士川の三人とかオカジョの子達もみんなやってるしさー!」
「よそはよそ。うちはうちって教わらなかったですか?」
「へー、ミルはアタシの事を家族と認めてるんだぁ」
「…ッ!そうやってすぐ揚げ足取らないでください!」
 こんな感じで口喧嘩をしながらお使いを済ませてた後に吉田さんがわたしの家で天ぷらそばをズルズルと食べ蕎麦湯まで飲んだ上で人の家で紅白を見ていったのは別の話。そして年明けにふたりでみらくらぱーく!のライブを見てさらにびっくりしたのもまた別の話

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