立派な人間になれるまで、

もう飲めませーん!けど飲みまーす!いぇーーい!

今宵も白痴が叫んで、カラオケが響いて、酒で喉が焼けていた。毎度毎度の毎度の展開。飲んでも飲んでも何も変わらない。良いことなんて一つもないのに今日も飲んでいた。酒を。酒を。

ノリ悪いじゃーん。と付き合ってはないけどヤッた女が覆いかぶさってくる。対面座位のかっこう。目の前に現れた赤ら顔は完全に目が座っている。僕が、飲み過ぎだよ。と言うとあんたが飲ませたんでしょ。と発情した雌猫みたいな顔で僕を見つめてきた。

当局を呼んでくれ。このズベ公を、この売女を、今すぐ檻のついた病院に送還してくれ。と僕は叫び出したい気持ちを抑え、ちょっと水飲みなよ。と女に水を渡しす。女はそれを、水なんか飲めるかバカヤローと叫びながらゴクゴクと飲んでいた。もう訳がわからない。

河岸を変えようと思い時計を見ると時刻は5:00だった。こんな時間に、こんな場末の訳分からない店で飲んでる奴はバカしかいない。そして、こんな時間にやってる店は他にない。ここは流しそうめんの執着地点のザルだ。ゴミはゴミらしくここで飲むしかないのかも知れない。

お会計だね。とボウイに伝えた。すると店の奥からママが出てきて、帰るのは良いけど、あのベロベロの女連れ帰ってね。と釘を刺される。困ったもんだ。

おい、帰るぞ腐れマンコ。と酔って他の客に絡む女に声をかける。すると、うるせぇズルムケチンポと心の篭った返答が返ってきた。悪口になってないだろ。というツッコミは不毛な議論になるだけだ。僕は無理やり女を抱え込んで店を出ようとする。

抵抗する女は、ごめん。ごめん。ちょっと待ってあと一曲。あと一曲だけ歌わせて。お願い。お願い。と今度は売り飛ばされる生娘のように懇願しだした。コロコロと人格が変わりやがってお前はビリーミリガンか!

僕のウィットに富んだ珠玉のツッコミは虚空にコダマした。店中の客の平均偏差値が16しかないから仕方ない。観念した。わかった。歌ったら帰るから。と僕は会計を済ませて、もう一度席に座った。女はご機嫌な顔で、まるでチンポみたいに両手でマイクを握っている。前奏が流ると僕は思わず顔を上げた。曲は

SWEET 19 BLUES

それをみたとき、僕は急に涙腺が緩んだような錯覚に陥った。あれ。これ、確か

そして、唐突にあの頃を思い出した。


薄らと目が開いた。微かな意識の中でケータイが鳴っているのがわかった。カーテンの淵から木漏れ日のような陽が差している。僕はエイサッと身体を動かしてケータイをとった。着信だ。

ちょっといつまで寝てるのもう10時すぎだよ!非難めいた声というよりは、もはや諦めの声色だった。僕は目を擦りながら現実を整理した。そして、頭を抱えた。またやった。また寝坊だ。

電話越しに彼女から朝メールが来なかったから電話したけど、そんなんで高校卒業できるの?と言った実に耳の痛い説教をくらって僕はますます憂鬱になる。ヤバいことはわかってる。色々とヤバい。確かにヤバい。

眠気まなこを擦りながらリビングに行くと誰もいなかった。この家はこの時間誰もいない。静かな家だ。

生まれた時は金持ちの子供だった。地上3階地下1階の豪邸に住んでいた。ジェットバスとサウナが完備されたバスルーム、個別のシャワールーム、当時は珍しいウォッシュレット付きのトイレが一階と二階にそれぞれついてる。

玄関を開けると吹き抜けにはシャンデリア。客間の和室には日本庭園。30畳のリビング。4つの子供部屋。車庫にはセダンが二台。そのほかに別荘とマンションもあった。とにかく金持ちの家に生まれた。

でもそれはいつの間にか無くなっていた。どうやらウチは破産したらしい。家だけはまだ残っているが、とにかく金はない。広い家は少しずつ老朽化していく。シャンデリアの電球が切れる、変える金がない。日本庭園が荒れる、整える金がない。全室クーラー完備だが電源がつかない、電気代が払えてない。家は日々廃れていった。

親父は仕事をしてなかった。僕が生まれた時から仕事もしてないのに金持ちだった。だが最近ついに知り合いの会社で働き始めた。ヤクザみたいな親父は、ヤクザみたいな会社で、ヤクザみたいな仕事を始めた。人生で初の仕事らしかった。それほどウチは金に困ってた。

親父は運転してて気に入らない車があると、そいつを引き摺り下ろして子供の前でもボコボコにする人だった。子供に対する愛は強いが、気性の荒さと、腕力が異常だった。

幼き頃の僕が友達とサッカーをしてて、ボールが工事現場に入ってしまい、ドカタの連中に怒られて泣かされたことがあった。ドカタの連中は虫の居所が悪かったのか僕と友達を怒鳴りつけてきた。僕は小さい頃から反骨芯の塊だったのでドカタに言い返した。そして泣かされた。

悔しくて泣きながら親父にチクった。次の日、親父は一人で工事現場に行って、そこの大工を髪を掴み引き摺り回していた。そして、なぜかそこから工事は二週間ほど中断した。

このコジキ野郎どもが誰に断ってここで工事してんだ馬鹿野郎。親父は意味不明なことを言ってチンピラ大工の頭を踏みつけたりもしていた。後日大工の上の人がスーツを着て謝りにきたが親父は、てめぇ舐めたことこいてんじゃねーぞ。馬鹿野郎。こんなクズ菓子もってガキの使いじゃねーんだぞ。と言って貰った菓子折でスーツの人をぶん殴っていた。

また後日、今度はその会社の社長さんが詫びの封筒を持ってきて、やっとそこの工事は再開した。よくわからないけど、親父は不思議な権力を持っていた。

そんな居丈高な親父が働かざる得ないほど、我が家は困窮していた。母も深夜パートに出ていた。子供が4人もいるとやはり大変なのだ。

僕はこの頃からあまり家に帰らなくなってた。別に親が嫌いとかではないけど、働いて苦労しているのがみたくなかったのだ。また金がないのは痛いほどわかっていたから、無理に進学なんかして家計を困らせたくもなかった。

だから殆どの日は友達の家に泊まっていた。別にグレたりもせずに、それなりには遊んでいたけど、とにかく家と距離を置いていた。親もそんな僕に対して無関心になっていた。会えば仲良く話すし、親を尊敬もしていたけど、貧乏という環境は家族の間に距離を作ったようだった。

平日の昼間に一人で家にいるのは不思議な感覚だ。おそらく金があればまた違ったであろう。寝ている息子を母が起こして、家族で朝食なんかを食べたのかも知れない。幼い頃はそんなこともあった気がする。広いリビングの食卓テーブルには、いつも果物やお菓子が置いてあった。今は荒れ果てた台所と、空っぽの冷蔵庫があるだけだ。

僕は水道水を飲み、シャワーを浴びて、チャリンコに乗って学校へ向かった。とりあえず午後だけ出よう。とりあえず。

チャリを漕いで学校に近づくとまたサボりの虫が疼き出す。ダルイ、眠い、めんどくさい、何のために学校に行ってるかサッパリわからなかった。とりあえず学校の近くの公園の便所に入り一服をした。見慣れた公衆便所の天井に煙が上がっていく。

高校はスポーツ推薦で入った。理由は特にない。たまたまやってたスポーツで県大会で準優勝できて、高校側からオファーがあったからアッサリ決めた。勉強は全くやらなかった。嫌いではないけど言われたことや、出された課題を黙々とやって優劣がつく学校のシステムが馬鹿みたいで嫌だった。合唱や整列といった意味不明な集団行動と、それを盲信する考える力のない先生や生徒も吐き気がするほど嫌いだった。

みんなで食べる給食、好き嫌いがないことが正しい、失敗を嘲笑する集団心理、己の優秀さをひけらかして悦に浸るお利口馬鹿、不良行為を繰り返して存在を叫ぶ団地住まいの奴ら、全てが気持ち悪かった。だからなるべく集団に属さないようにしていた。そして、先生に対しても嫌なことはやりたくないとハッキリ意思表示するようにした。正しさの尺度を他人に委ねる気になれなかったのだ。

友達は多い方だったし、女子にもある程度はモテた。彼女もいるし、クラスでも一目を置かれる存在になっていた。でもそれ自体がバカバカし過ぎて嫌だった。嫌悪していた。

平々凡々の没個性の奴らが、存在を叫ぶかのように趣味やファッションを変えていく、履き違えた自分らしさを撒き散らしている。虚無なのだ。それなのに自己肯定と自己保身のために取ってつけたように音楽の趣味を変えたり、本を手に取ったり、映画を見だしたりしていた。高校を卒業したら芸人になる、役者になる、弁護士になる、なんて聞こえのいいことをのたまいだす。本当に軽蔑したくなるほどの屑人間だなと思っていた。

言われたことに疑問も持たずに、出された課題で優劣の劣でしかなかった奴に何ができるんだろうか?と心から不思議だった。夢を語ることが目的で、叶えることへは何もしていない。高校にはバカしかいない。そんなバカの集団に片足を突っ込んでいる自分も、きっとバカなのだろうけど、でもアイツらとは絶対に違うんだとも思っていた。

意味のない学校にいく意味を誰も教えてくれなかった。高校くらい卒業しておきなさい。と言う暴論を正解のように語る大人達。こんなことしか言えずに、こんなことすら疑えない、こんな程度の大人の言うことを聞かなきゃ行けないなんて、世界は腐ってる。

みんなで同じ雑誌を読んで、同じ流行の中で服を変えてファッションを褒め合う。他人に羨望されたら優越を感じて、他人に嘲笑されたら劣等を感じる。他人にどう見られるかで生きているくせに、自分らしさを悦に入って語りだす。人の痛みよりも、自分の痛みの方が何倍も大きいと錯覚していることにも気付いてない。

タバコを吸ったら不良、派手なメイクは不良、眼鏡をかけて好きな勉強してたらガリ勉、嫌いな友達と距離を置いたらボッチ、とにかくレッテルが大好きな集団。その人の本質を見ることは決してなく、自分の理解しやすい願望込みのレッテルを貼ることで、何者かを決めていく。こいつらは自分が臆病で常に他人に怯えていて、誰よりも大切な自分のために生きてることを気づいてるのだろうか。いや、気づかないんじゃない。気づかないように生きているんだ。

嫌だ。本当に嫌だ。こんなバカ供と一緒にいたら俺は頭がおかしくなる。世間が嫌なんじゃない。世間に生きる人が嫌いなんだ。人は好きだ。とくに女が好きだ。いや、女というより可愛い女が好きだ。でも世間に生きてる女は嫌だ。だけど世間から離れて生きるなんて誰もできやしないんだ。

便器にジュっと3本目のタバコを落とした。深いため息をつく。ケータイを開くと友達から早く来いよ。ヒマだよ。とメールが届いていた。鏡の前で髪の毛を整える。ラルフローレンのカーディガン、ナイキのエアフォース、グレゴリーのリュック、薬指には彼女とペアのシルバーリング、全てが万全のスタイルだった。

さてと、行くかね。と眩しい太陽に目を細めて再びチャリを漕ぐ。昼休みの学校に着く。教室に入るとハイテンションの友達がバカ騒ぎ。女子が寄ってくる。担任が探してたよ。職員室こいってさ。と情報をもらう。それは丁寧に無視して勝手に決めた一番後ろの窓際の席に座る。一年のパシリAがおはようございます!と軍隊みたいな挨拶と共に教室に現れて僕に弁当と紙パックのレモンティーを持ってくる。

ご苦労さん。と金を渡すと、ありがとうございます!と大声で返事をして帰っていく。弁当を食う。レモンティーを飲む。飯を食い終わると、一番の親友が一服行こうぜと僕を誘う。とりあえず剣道部の部室に行く。

全く剣道部とは関係がないのにそこは僕らのたまり場だった。偉そうにソファーに座ってタバコに火をつけると、教育の行き届いた一年のパシリBが灰皿を持ってくる。ご苦労さん。と声をかけると、ありがとうございます!と快活に返事をして、カギはここに置いておきます!と鍵を僕らに預けて教室へと帰っていった。

4限どうする?と僕がいうと、親友はすでにプレステに夢中だった。返事はない。どうやらサボる方向みたいだ。何しに学校来たんだろか、と僕は自分で自分に呆れながらも、部室に転がっているエロ漫画を読むことにした。

プレステとエロ本がひと段落すると、僕らは部室を出た。なんやかんやで河原にタバコを吸いに出かけることにした。河原は好きだった。のんびりとしていて心が安らぐから。二人で高架下でタバコを吸って寝転んだ。目の前に山が見えた。

あれって何山?と僕が聴くと、親友がニヤッと笑って、あれが天下に名の轟く恐山じゃ。さぁ勇者よ。今こそあの山に蔓延る悪の魔王を倒して世界に光を取り戻すのじゃー!と元気いっぱいに叫び出した。僕は、長老かしこまりました。必ず僕が魔王を倒し世界に光を取り戻します。と告げた。

そして、サッカー部の部室の前にある謎の共用チャリに乗って僕らは山を目指した。ボロボロのチャリに二人乗りして山を目指した。

山は割と近かった。アッサリと麓に着くとそこから登山道らしき階段が見えた。僕らは学校内で履く赤いスリッパで山を登ることにした。ペットボトルのカルピスを持って、制服とスリッパで山を登る。なんだか日常が少しだけ楽しくなったようだった。

案の定、道に迷った。降り方が分からなくなった。何回も同じ登山道をくるくる回った。笑い転げた。笑ってる場合じゃないのはわかってたけど笑った。学校の友達から心配するメールが来た。ケータイの電波はある。でも山の降り方が分からない。このままじゃ陽が落ちてくる。

僕らは流石に少し焦っていた。タバコが切れたこと、カルピスを飲み干したことで焦りに拍車がかかった。とりあえず道無き道を下へ下へと向かった。そして、ついに山から脱出できた。僕らはサークルKについた。山の反対側まで来てしまったのだ。

日も落ちてきたし何より歩き疲れた。僕たちはグッタリとサークルKの前で座り込むと、車持ちの友達に電話をして迎えにきてもらうことにした。結局、学校行ったのに何もしなかったな。とは思ったけど、まぁ仕方なかった。

迎えにきた友達の車に乗り込むとカラオケに行く女の子が捕まったから行こうと言われて僕はそのままカラオケに行った。夜遅くなるからそのまま友達の家に泊まるわ。と母にメールした。了解。と一言だけの返信があった。

友達の助手席でタバコを吹かす。オーディオからはSWEET 19 BLUESが流れていた。

俺たちもいつか19歳になるんだな。と僕が言った。運転席の友達がそうだな。と言った。すると後部座席の親友が、君たちは永遠に19歳にならないのさ。なぜなら、今日が貴様らの命日だからな。ウィーヒッヒッヒっとキチガイみたいに叫んで僕の首を絞めてきた。

僕は笑った。運転席の友達も笑った。今死ぬのもありだな。と少しだけ思った。



ねぇ!ねぇ!曲終わったよ!

いつの間にか曲が終わっていた。女はニヤニヤ笑いながら何ボーッとしてるの、エロいこと考えてたの?と意味不明なことを言ってきた。

なんとなく昔を思い出してたんだよ。この曲、懐かしいからさ。と僕がいうと、ママも、そうよね。懐かしいわよね。19歳の頃ってとしんみりしていた。

すると女はヘラヘラ笑いながら、私は懐かしくないよー、だって今19歳だからー。と言い出した。僕とママは目を合わせて驚いた?

はぁ?

だってお前キャバクラで働いてんだし、21って言ってたじゃん。と僕が言うと女は、そうなのー。でもこれは内緒だけど私は19歳なのー。と悪気もなく言っていた。

ママはやれやれと言う顔をして、今のは聞かなかったことにするわ。あとあなたはちゃんと身分証を出せる陽が来るまで出禁ね。とため息をついた。

僕も、おい腐れマンコ帰るぞ。今日は帰るぞ。
あと20になるまではもうお前とは飲まないからな。今日だけは無事に家まで送ってやるけどと言った。

女はえー。そんな硬いこと言わないでよ。あなたどうせ悪い人でしょ。そんなこと気にしないでよ。と駄々をこねる。

僕はそれをダメ!とピシャリと抑えると決まりは決まり。守らないとロクな人間にならないぞ。と言って女引きずりながら店を出た。

不満顔の女をタクシーに詰め込むと、僕は家まで歩いて帰ることにした。途中、ランドセルを背負って登校する子供たちの列が見えた。それがとても歯痒かった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?