もうすぐ夜明けがやってくる。

この時間に車に乗ってデジタル時計の2:00の表示を見るとたまに思い出すことがある。

あれから、なんだかんだで5年くらい経つんだなぁと思い出す。そして、ちょっとだけアンニュイな気持ちになり、カーステレオであの時に聞いた曲をかける。そして、予定もないからと意味もなく高速道路を一区間だけ走ってみたりする。

深夜の高速道路が好きだ。昔、ドカタ仕事をしていた時にトラックの助手席に乗って走ったなと思い出す。規則正しく等間隔に並んだ外灯が小気味よく流れていく、そんな景色が好きだった。

話を戻そう。

あれはいつぐらいの季節のことだっただろうか?と思いツイッターで過去の自分のツイートを検索すると、それは10月のことらしかった。なんとなく暑くも寒くもなかったなぁと言う記憶だったが、そうかあれは10月か。

深夜のサービスエリアで缶コーヒーを飲んだこと、途中で寄った海が綺麗だったことをふっと思い出した。

ねえ!すごくない?2時ぴったり!

女はやかましく騒ぎながら酒臭い吐息を撒き散らして車に乗り込んできた。私すごい。本当にできる子。と訳のわからぬことを白痴みたいに喚き散らす女。

僕はそれに構うことなく、はーい、じゃあ出発しまーす。と車のエンジンをかける。すると女は酒臭い吐息を僕の顔面に吐きかけながら、なんでぇ〜もっと褒めてぇ〜と狂人のように自作の節を歌い出す。

キャバクラの仕事上がりの女。当時付き合っていたキャバ嬢。店が終わり速攻で着替えて出てきた女。同伴からスタートで7時間ほどしこたま酒を飲んで泥酔したキャバ嬢。そんな女だった。

これは当時の僕にとってのいつもの景色だった。週6でキャバクラ勤務するこの真面目か不真面目かよくわからない女は朝が弱い。週の中で唯一の休みの日に僕らはよく小旅行に出かけた。女は一度寝るとなかなか起きないので、こうして店の上がり時間から、そのまま僕らは旅に出かけた。

決まって女は酩酊したまま車に乗り込み、助手席で化粧落としシートでスッピンになり、そのまま助手席で眠った。目的地に着くまですやすやと眠った。けばったらしい化粧を落としたその顔は幼く見えた。僕はその閉じた瞳の長いまつ毛の下にできる翳が好きだった。

今日は私、な、な、なんと!目的地着くまで寝ませーん!ふぅー!っと精神病棟みたいな音量で女は狂人のごとく叫ぶ。そして、それは止む事もなく続く。

はい。それでは、とりあえず今日の一曲目をかけますかね。あんたのノリが極めて悪いので、ノリノリの曲でもかけちゃいましょうかね!へいへーい!と発狂しながら、助手席の精神病は慣れた手順で自らのiPhoneを僕のカーステレオに繋いで曲をかけ出す。

流れたの曲は深夜高速。

まだ高速乗ってないけどな。と僕が冷静に突っ込むと女はムフフと笑って、違うよ。これは深夜低速って曲なんだよ?あんたバカね。そんな事も知らないの?あなた本当に高卒?こんな常識中卒の私だって知ってるわよ。と、妄言をつらつらと垂れ流して、信じられないほど嬉しそうにムフフフと笑っていた。

狂人の振る舞いだ。と思わずにはいられない言動と行動であったが、それはふしぎと可愛らしく思えた。この女は酔っ払うと子供みたいになる。キャバクラで会った時は酔っても特段変わらないのだが、なぜか二人になると妙に幼くなる。それは、それで、かわいくも、あった。

深夜高速、もとい深夜低速という曲が終わる頃にちょうど車は高速料金所を通過した。すると女はさよーならー松本ー!と元気いっぱいに叫びながら手を振っていた。そろそろ精神安定剤を注射して、窓枠に鉄格子のついた病室に入れた方がいいのではないか?という一抹の不安を押し殺して僕は運転を続けた。

それじゃそろそろ深夜高速を流しますかー!と女が右手を突き上げる。さっき聞いたよ。と僕がなだめる。だからあれは深夜低速だったんですよ警部!そして、今から我々の聞くのが本当の深夜高速なのであります!と女は僕の方に敬礼をしていた。

そうだったのか。そりゃ盲点だった。なるほど。それでは君。早速こんどこそ深夜高速を流してくれたまえ。とついに流されて僕も役を演じて深夜高速を依頼した。

女はアイアイサー!深夜高速発進!と敬礼をしながら二度目の深夜高速をかけた。

前奏が流れ出した。

僕らは自然と手を繋いだ。暗い道はどこまでも続いているようでヘッドライトに照らされた目の前の景色だけが正解みたいだった。僕らは見えない未来に向かっているようだった。

繋いだ手の温かみが伝って僕らの鼓動は少しずつ合わさっていく。女は繋いだ僕の手の甲に頬を当てた。そして、なんとなく瞳を閉じてるのがわかった。化粧落としの水分が残っているのか、その頬は少し冷たく僕の手に張り付いている。この曲が永遠に続けばいいような気がした。でも、この曲はちゃんと終わった。それは、いつものところでちゃんと終わった。

うーん!良い曲だねー!と女が起き上がって吐き出すように言った。僕も全く同じ気持ちだった。はい。じゃあ、タバコ吸うでしょ?窓開けて。と女は言うと慣れた手つきでタバコを咥えて火をつけた。そして、それを僕の口に差し込むと、また新たなタバコに火をつけた。僕らはタバコを吸った。

いつの間にか吸うタバコが同じになっていた。二人でいる時間が長くなると、その方が便利なのだ。タバコが吸い終わる頃に女は携帯灰皿を出して、二人分の吸殻を揉み消した。そして、もう一本吸う?と聞いてきたが僕はそれを断った。

タバコも吸い終わったので窓を閉めると女は再び僕の左手に自らの右手を絡ませた。そしてまた僕の手の甲に頬をつけて瞳を閉じた。

眠りにくくない?と僕が尋ねると、別に寝ないもーん。と女は言った。いや、寝た方がいいよ。また着いたら起こしてあげるから。と僕が言うと、、わかった。そんなに寝て欲しいなら寝てあげるよ。と訳のわからないことを言って女はそのまま微睡んでいくようだった。

規則正しく並んだ外灯が流れていく。僕は夜を切り裂いていくように車を走らせた。トンネルに入ると照明で車の中まで照らされる。昼は暗いトンネルも夜になるとライトアップされて外より明るくなってしまう。

暗澹たるトンネルも照らされていれば、不思議と暖かみを帯びる。トンネルに入ると助手席の女の顔が照らされた。横目にそれを見るのが好きだった。眠った女は微睡んだまま体勢を変えて、今は背もたれに寄りかかり眠っている。

綺麗な横顔だった。照明の光が車内を射すと女の横顔には翳りが生まれ長いまつ毛が際立って見えた。それを見ると、理由はわからないがなんだかいつも切なくなった。微かな吐息が聞こえる。もしかしたら、その無防備が僕に切なさを連想させたのかもしれない。

何度か窓を開けてタバコを吸った。カーステレオは切ってあった。別にそれは寝ている女に気を使った訳ではなく、静かな夜の高速道路が好きだからだ。規則的に並んだ外灯、照らされた看板、明るいトンネル、遠くに見える山の影、たまに見える月、全てが流れていく。僕が進む限り、何もかもが流れていく。そんな深夜の高速道路が好きだった。

しばらくして、とあるサービスエリアに到着した。女はまだ眠っていた。

僕はそっと車を止めてトイレで放尿を済ませると、缶コーヒーを一本買った。缶コーヒーは好きだ。なんだか昔を思い出すから。

そして、喫煙所で一服をしながら缶コーヒーを飲み、一服が終わると飲みかけの缶コーヒーと共に車に戻った。女を起こさないように静かに運転席に乗り込むが、既に女は起きていた。

もう着く?と女は薄らと開けた瞳で僕に尋ねた。まだだよ。あと4時間くらいかかるよ。と僕が答えると、海が見えたら起こして、久しぶりに海が見たいからと女は言った。

僕がわかったよ。と答えてまた眠りなと言うと女はうんと応じた。そして、閉じかけた瞳を開くと僕の方をみて、ねぇ、その缶コーヒー一口ちょうだいと言った。

僕は、え?と戸惑った。この女はコーヒーなんか飲めないからだ。だってコーヒー嫌いでしょ?と聴くと女はうんと笑った。でも今だったら少し飲める気がするの。だからちょっとちょうだい。

僕が缶コーヒーを女に渡した。すると女は一口だけ飲んで、僕にそれを返した。

どう?と僕が聴くと女は笑いながら不味いに決まってるじゃんと、少しだけ微笑んで答えた。そしてまた瞳を閉じた。おやすみと言った。

僕も何だか微笑んでしまい。おやすみと答えて、再び車を発進させた。空は少しだけ白んできていた。

もうすぐ夜明けがやってくる。


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