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月下美人屋敷狂④

4月下旬
私、探偵の月ヶ瀬は中臣はるかさんが誘拐されたと思われる場所を見つけた。そこは住宅街だが空き家が多く人通りも少ない路地であった。さらにそこで事件勃発間際に中臣さんと分かれたという同級生の柏木君という男子生徒を見つける事が出来た。彼は「きゃ」という声に気づいて戻ってみると黒い車が走り去るのを目撃したという。
私は徐々に犯人に近寄っているのを感じざる得なかった。

5月初旬
その日はGWであった。事件の長期化から善道探偵事務所は伊藤所長と貴子だけは休みを取った。私はこの事件に異様なのめり込みをしており、とても休む気にはなれなかったのである。そんな折、一本の電話が事件を大きく進展させる事になった。

「はい、善道探偵事務所...」

「おー侑か?」

それは私の先輩に当たる浅井という男からであった。まだ警察官をしていた頃、彼の下で私も事件捜査に当たっていた。

「先輩!いま確か機動捜査隊に戻ったと聞きましたがお元気そうで!」

浅井先輩と二、三会話を交わすと彼は私にある情報をもたらしてくれた。

「月下美人屋敷?」

「ああ、相模原市内から少し離れた山の中にある屋敷でな、容疑者のものと思われる黒いハッチバックが度々目撃されてるのと、近くを警邏中だった交番の巡査が夕暮れに女の子の泣き声を聞いたっていうんだ」

浅井先輩からの情報は、こうだった。相模原市内山間部に位置する屋敷があるという。本来であれば家宅捜索のため令状を持って中へ入る事は可能だが、いつも家の人間に出会えないにだと言う。しかし夕方には必ず車が敷地内に置かれていることから家主がいるのは間違いないが強制的に踏み込むこともできず、一日中張り付いても人の出入りすらなかった。そこで我々に出番を用意してくれた...というものであった。
私は翌日、訪問販売員のフリをしてその屋敷を訪ねた。門の中へ入るなりビニールハウスの大きさに驚く。中にはどうやら大量の月下美人があるようだ。チャイムを押すが返答がない。やはり留守なのだろうか?そう思って屋敷を外から入念に見て回ると奇妙な違和感に気づく。高さは3階建て、しかし1、2階部分には窓が存在していなかった。しかも叩いて分かるが壁が凄まじく分厚い。どうやら防音処理もされているようだ。これに何かを感じた私は玄関ドアの鍵をこじ開けようと向かい出した時だった。

「誰だね!あんたは!?」

門のところから老人の怒号が響いた。

「ここは私有地だよ!?勝手に入ってもらっては困るね!」

キャスケットを深々と被った老人は、呆れた表情で近寄って来た。言い訳をして警察沙汰にされても困るので

「すみません。実は女性の悲鳴のような声が聞こえたものですから...緊急事態かと思いまして」

すると老人は眉間に皺を寄せて

「なに?女の子の悲鳴?」

老人は、私に何かの間違いだろ?と言い、ここはさる資産家の邸宅の一つで自分はここの管理と見回りを任されていると言った。事を荒立てない方が良いと判断した私は、詳しく家主のことなどは聞かず、悲鳴も勘違いだったかもしれないと言ってその場を離れた。
帰りの道中、あえて厚木市内を経由して尾行されていない事を確認した。老人の登場のタイミングが良すぎる。そして老人が言った

「女の子の悲鳴?」

私は女性とは言った。しかし“女の子”とは言っていない。疑惑は確証に変わりつつあった。

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