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かき揚げとお母さん

課題で、生まれて初めて短編小説を書きました。美しい女性が出てくるファンタジー系な話を考えていたはずが、かき揚げの話になっていました。

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「あ!かき揚げ買いに行かないと!」

仕事から帰ってきたばかりの母は慌てて玄関を駆け出して行った。ああ、今日も晩ご飯がかき揚げなのかとがっかりする。

かき揚げは好きな方だ。しかし、夕方のかき揚げやさんのかき揚げはタコでできていた名残で魚のすり身でできている。なんでもこの辺ではずっと食べられている代物らしい。僕はこれが嫌いだった。

「いただきまーす。」

今日もかき揚げ。3日前も同じかき揚げ、その3日前もかき揚げだった。両親はこのかき揚げが大好物で、3日に一度は食べないと気が済まないといって必ず食卓に並んでいた。物心ついた時にはその習慣が我が家にはあった。妹と僕は小さい頃からこのかき揚げを食べていたので、正直少し飽きていた。

「ねえお母さん、たまには違う揚げ物が食べたいよ。」

かき揚げはこうでなくちゃね!

話が通じない。

「おっ、今日の弁当昨日の晩御飯の唐揚げだ〜」

お昼時に同級生が嬉しそうに話しているのが聞こえた。

「うちのお母さん凝っててさ、毎回二度あげするから冷めても美味しいんだよね〜。」

大体、なぜかき揚げが魚のすり身なのかがよくわからなかった。小学生の頃、「家のご飯」というテーマで作文の宿題が出た時に、このことを書いたらクラスメイトに笑われた。その時にも両親になぜ自分の家だけ他所と違うかき揚げなのかを尋ねたが、はぐらかされてしまった。

それからかき揚げが10回繰り返されたころ、いよいよ我慢ができなくなった。なぜ、我が家は3日一度かき揚げを食べているのか。百歩譲ってかき揚げが好きなのは認めよう。でも、もっとバリエーションがあってもいいだろう。

そう思った僕は、ある作戦を決行した。

その日は母が仕事から帰ってくるのが少し遅くなる日だった。そしてその日はかき揚げの日だった。僕はいつもと違うかき揚げを自分の手で作ろうと思った。今時ネットを叩けばかき揚げの作り方なんていくらでも出てくる。魚のすり身のかき揚げばかり食べている両親への意趣返しのつもりだった。僕はにんじん、玉ねぎ、ごぼうなどかき揚げに適していると思われるかき揚げを買ってきた。

時刻は午後4時50分、母が帰ってくるまでにはあと30分はある。今日は俺好みのかき揚げを作り、両親をあっと言わせてやろうと思った。

「何してるの!!!」

思っていたより母は早く帰ってきたようだった。帰ってくるなり、母が大声で怒鳴った。俺は最後のかき揚げを揚げているところだった。

「今日かき揚げの日でしょ。だからかき揚げを作ってあげてるんだよ。」

味見をしたが、我ながら良い出来だった。これならかき揚げ好きの両親も満足だろう。

「なんてことをしたの!!」

そう言うと母はヘロヘロと膝をついて、泣き出してしまった。顔が青ざめていた。

「え!お母さんなんで泣いてるんだよ!大袈裟だよ。」

「あなたもしかして、これ食べた?」

「食べたよ。味見したんだよ。お母さんも揚げたてをどうぞ。」

泣き出した母を見て、少し申し訳ない気持ちになった。そんなに魚のすり身以外のかき揚げが嫌いだったのか。

味見用のお皿に揚げたてのかき揚げを乗せて手渡そうとした。

「やめて!」

母が反射的に僕の手を払い、揚げたばかりのかき揚げは皿ごと床に転げ落ちた。

「っ!ごめん!」

母はやってしまったという表情をしていたが、僕はあんなに明るくて優しかった母に初めて拒絶されたような気がして、そして自分の思いつきでそんな態度を母に取らせてしまったことを後悔した。

一方で、母に初めて拒絶されたような気がして、全ての感情を悲しさが覆い尽くしていった。

「・・・ごめん。」

そういって僕は家を飛び出してしまった。

あれから2時間くらいだろうか。河川敷を何往復もしていた。家庭科の時間以外使ったことのないエプロンはかけっぱなしだった。

少しずつ気分は落ち着いてきた。悲しかった気持ちも今はどちらかといえば申し訳なさの方が強い。と同時にとても不思議だった。なぜ母はあれほど取り乱したのだろうか。かき揚げを揚げただけだったのに。良かれと思っただけなのに。

その時、強い光が空から差し込んできた。雲ひとつない夕焼け空に走る一筋の光はあまりにも異質だった。その光の筋を通って、かき揚げがゆっくりと降りてきた。それはすり身のかき揚げだった。

「お前に天罰を下す」

その瞬間、ナイター用の照明くらい明るい光が僕を包んだ。

「優斗!」

目が覚めると、そこは自分の家の台所だった。母と父とそして妹が僕を囲んで上から覗き込んでいる。ん、上から覗き込まれている? 

「母さん。本当にこれは優斗なのか?」

「ええ、間違いないわ。かき揚げがあんなところに落ちているわけないもの。しかも、すり身のかき揚げよ。優斗に違いないわ!」

お母さんの目は泣き腫れていた。

お父さんもお母さんも何を言っているのかわからなかった。なぜこのタイミングでかき揚げの話をしているだ?僕は怖くなった。嫌な予感がする。確かめるのが怖かった。一体何が起こっているのか。あたりを見渡すと、台所のテーブルの上にいるようだった。

「お母さんいくらなんでも疲れてるんじゃない?これがお兄ちゃんとかありえないでしょ!」

妹の優佳にコレ呼ばわりされて少しムッとした。

「こうなったからには説明するしかありませんね。落ち着いて聞いてね、優佳。お兄ちゃんは“かき揚げ”になっちゃったの」

母がとんでもないことを言い出した。いや、どこかで予感していた。

「意味わかんない!」

優しかった母が急にとんでもないことを言い出したと思い、優佳は困惑しながらだんだん泣きそうな気持ちになった。

「お母さん、僕が説明するよ。いいかい優佳。今から父さんが話すことは信じられないかもしれないけど、落ち着いて聞いてね。実は私たちの家系はある呪いがかけられているんだ。3日に一度このすり身のかき揚げを食べ続けること、そしてすり身以外のかき揚げを食べないこと、この2つを守らないと自分がかき揚げになってしまう呪いなんだ。」

妹が恐怖と疑問が混ざったような見たことない顔をしていた。

「母さんのご先祖様は日本にかき揚げを広めたかき揚げの大家だったんだ。実はその頃かき揚げといえばすり身のかき揚げが一般的だった。でも母さんのご先祖様が今の形のかき揚げのスタイルを作ったんだよ。ご先祖様の作るかき揚げは本当に美味しくて、暖簾分けしてどんどん全国に広まったんだ。」

「だけどおじいちゃんはお蕎麦屋さんだったよ!」

「そうだね。それには事情があるんだ。母さんのご先祖様のせいですり身のかき揚げはどんどん世の中から消えていったんだ。そんなある日、母さんのご先祖様のもとにあるものがやってきたんだ」

「あるものって?」

「”すり身のかき揚げ”だよ。」

「意味わかんない!」

「気持ちはわかる。でも最後まで聞いてほしい。”すり身のかき揚げ”は、母さんのご先祖様にこういったんだ。」

『我が一族を根絶やしにせんとする逆賊よ。お前の末代まで我が一族を守らんとする呪いをかける。お前たちは一生かき揚げを食べることはできない。もし破れば、汝らがかき揚げとなるだろう。』

「そう言われたご先祖様は、いつも通り普通のかき揚げを揚げて、お客さんに振る舞っていた。そしてその日の賄いに自分で揚げたかき揚げを食べた瞬間、自分がかき揚げになっちゃったんだ。」

「じゃあ何、お兄ちゃんはすり身のかき揚げ以外のかき揚げを食べたから、こうなっちゃっっていうの!っていうかこれ本当にお兄ちゃんなの?」

「それからご先祖様はこの呪いについてたくさん研究したそうだ。そして、犠牲を出しながらも、この呪いの正体を突き止めたんだ。」

「それって、うちですり身のかき揚げを食べているのと関係あるの?」

「そう、我が家で3日置きにかき揚げを食べているのはね、そうしないとみんなかき揚げになっちゃうからなんだ。」

「何それ!やだ!」

「大丈夫。3日1度”すり身のかき揚げ”を食べること。そして、それ以外のかき揚げを食べないこと、この2つさえ守っていれば、かき揚げにはならなくて済むんだ。」

「じゃあ、お兄ちゃんがかき揚げになっちゃったのは、”すり身のかき揚げ”以外を食べちゃったからってこと?」

「そういうことになる。」

父親の話を聞くに、とんでもないことに巻き込まれたようだ。俺はかき揚げになっちまったのか。色々とツッコミどころしかない話だが、自分の身体はいうこときかないし、なんだか油ぎっている。体の感覚がだんだんとなくなっているような気がする。どうやら自分がかき揚げになったという事実からは逃れられないようだ。僕は一生かき揚げのままなのだろうか。

「お父さん、そしたらお兄ちゃんは一生このままなの?」

「いや、なんとかやりようはあるんだが、私は婿入りだから対処できなくてね。お母さんの実家に連絡しておいた。」

ピンポーン

「誠一さん、お待ちしてました。」

「優二さん、こんばんは。さっきは電話ありがとうございました。遅くなってすみません。なんとかなりそうです。」

「お兄ちゃん!」

「美佳、お前ほんとそそっかしいのは変わらないな。最初なんのことかさっぱりだったぞ。」

「ごめん、気が動転してて。」

母さんは自分の兄である誠一叔父さんが来て、またも泣きそうになっていたが、さっきまでの絶望的な顔ではなかった。

「美佳、これが優斗くんかい?」

「そうなの、何故か急に普段とは違うかき揚げを作り出して、気づいた時にはもう食べてしまっていたの。そのあと、優斗は家を出て、追いかけて見つけた時にはかき揚げになってたわ。私、気が動転して拒絶したような態度をとってしまって、優斗を傷つけてしまったかもしれない。」

母はまた悲しそうな顔をしていた。

「美佳、とりあえず落ち着くんだ。まだ日付が変わっていないんだ。なんとかできるさ。」

「でも、神主さんがいる時間は過ぎてしまったわ」

「誠一叔父さん、神主さんって?」

優佳が不思議がって聞いた。 

「優佳ちゃんの家族が食べていた”すり身のかき揚げ”はいつもどこで買っていたか知っているかい?」

「大体夕方5時ぐらいになると、移動販売の車から放送が流れてきて、その音で買いに行ってたよね。」 

「あれは実は移動式の神社なんだ。」

「え!何それ!」

「詳しいことは省くけど、あの車は”すり身のかき揚げ”を祀って、布教するために存在する神社であり、境内なんだ。そしてそれを運転しているのが、君のお母さんが言っている神主さんと呼ばれる人たちだ」

優佳はもはやついていけないようで、開いた口が塞がらないようだった。

「誠一さん、説明は後にしましょう。まずは何をしたらいいですか。」

「実は実家からここにくる途中で、神主さんからかき揚げを買ってきました。まずはこれを全部食べてしまおう。美佳、この団地でかき揚げを一緒に食べてくれそうな人はいるかな?」

「お隣の太一くんと2階の竹澤くんのお母さんとは親しくさせてもらってるわ。」

「じゃあすぐに、お裾分けしてくるんだ。まずはこれを全部腹の中に入れてしまおう。」

それから2時間ほどだったか、無心にみんなで”すり身のかき揚げ”を食べていたようだった。僕は油を吸った表面の衣が乾いて、だんだん身体が硬くなっていくのを感じながら、みんなが食べるのを眺めていた。

「もう無理!お腹いっぱい!」

「よくやった優佳ちゃん。あとはお父さんと叔父さんで食べ切るから。」

そして、最後の1個が食べ終えられた。あと10分で0時を回るところだった。

「よし、間に合った。じゃあ、優斗くんを1人にするんだ。」

「じゃあ優斗の部屋に行きましょう。優斗も起きた時自分の部屋だと安心すると思うの。」

そうして僕は自室へと運ばれた。見た目はかき揚げだ。誰も僕を見て人間だと思う人はいないだろう。どうやら0時になったらかき揚げから人間に戻れるらしい。この際、原理はもうどうでもいい。戻ってくれさえすればなんでもいい。

しかし、これだけ家族に心配をかけてしまって、どんな顔をして出ていけばいいのだろうか。っていうか、かき揚げになったなんて最悪な体験、恥ずかしくて一生人には言えないだろうな。その前に信じてもらえないか。

0時になった。その瞬間、また強い光に当てられて意識を失った。

目が覚めると、みんなが自分の部屋に入ってきていた。お母さんは泣きそうだった。

「優斗!」

そういうと、お母さんは僕を抱きしめてくれた。僕は思わず泣き出してしまった。

短い間だったが、僕のかき揚げライフは幕を閉じた。

後になって、誠一叔父さんに聞いた話だが、

誰かが呪いを破ってかき揚げになった時は、9食分の”すり身のかき揚げ”をその日のうちに食べることで元に戻ると言われているそうだった。また、日付が変わるときに、誰にも見られていない状態にすることも必須らしい。いまだによくわからない。 

あれ以来、かき揚げに対して、もう好きとか嫌いとかそういう感情が湧かなくなってしまった。結局この呪いがなんなのか、もう死ぬまで3日に一度このかき揚げを食べ続けなければいけないと思うと諦めがついた。

あのあと家族会議が行われ、かき揚げの呪いの説明をきちんと受けた。正直早く言って欲しかったけど、ちょうどいつ説明するかお母さんとお父さんで相談していたらしい。妹は3日一度食べ続けることに絶望していたが、別の家に嫁ぐとその呪いがなくなるらしいという話を聞いて、結婚相手を早く探すことを目標にしたようだ。その場合、僕に呪いが集中するので嫌なのだが。本当に憎たらしい妹だ。

お母さんとは、あの時のことについても話し合って、お互いに謝った。そして、かき揚げ以外の別の料理を改めて作った。母さんは嬉しそうに泣いていた。

この20年後、僕がすり身のかき揚げを世界展開して、呪いに打ち勝つことになるんだけど、それはまた別のお話。

Fin

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