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謎の転校生 (全7回・第4回)

●05)
 次の月曜日から私たちは転校生の尾行を一時中断していた。ある日の休み時間に転校生の方から私の席に近づいてきた。
「何だよ探偵さん? もうギブアップ?」
 私たちが中断している理由を知らないのか当の転校生の方が私たちを焚き付けに来る。
「もう少し骨があると思っていたんだけど、ボクの勘違いだったかな?」
「……作戦があるんだよ」
 まさか不良とつるむお前にビビったとも言えず、私はそう返す。
「あ、そうだったんだ。まぁ、全然成果が出てないみたいだし、今までのやり方と変える必要はあるかもね」
「……」
 私は黙ったまま転校生を睨み続ける。
「何か怖っ! とにかく、期待してるよ」
 転校生はそう言うと教室を出ていく。一体どこに行くのだろう? 任務を遂行するためにどこかに向かったのだろうか? しかし今の私は彼を追跡できずにいる。
「タっちゃん……」
 私が転校生の去った出入口を眺めていると虎太郎が来ていた。
「何があったの?」
「別に……オレたちを挑発しにきたっぽい」
「なるほど。最近、尾行もしてないからね」
「だけど、中学生がいるとなると、いくらなんでも簡単にいかないよなぁ……しかも不良だし」
「うん、ケガはしたくないもんね」
「かといってどこから攻めれば良いんだ? 以前みたいに放課後の尾行じゃ新しい発見はなさそうじゃん?」
「すでに尾行はバレてるしね。この間みたいな偶然を待っててもなぁ~」
 せめてアイツの家がわかっていれば、休みの日に朝から張り込みをするなんて方法も取れるが、肝心の実家を突き止められていない。
「でもさ」
 ふと虎太郎が提案する。
「ここのところ放課後の尾行やってないじゃん?」
「ああ」
「あいつも油断するんじゃない?」
「それだ!」
 今日はあいつが挑発してきたからやめた方が良いとしても、二、三日後ならあの転校生は油断するんじゃないか?
「来週からこっそり尾行を再開しよう。それまでは諦めたフリで油断させよう!」
 とりあえずの方針は立った。そうと決まれば、まずは他のクラスメイトと普通に遊ぶだけだ。転校生が来るまではそうであったように。
 次の日も、さらに次の日も私と虎太郎は他の男子とドッジボールで遊ぶ。
「なんか久しぶりだな、タっちゃん達、最近付き合い悪かったもんな!」
「いやぁ、ちょっとね?」
「いったい何してたの?」
「え、いや、別に何も……」
 このときの私はうまい返しができなかった。それを救ってくれたのは虎太郎だった。
「そっちだって休み時間のたびに転校生のところに集まってたじゃん。あれ、もういいの?」
「……ああ……」
 虎太郎の問にクラスメイト達は突然口ごもりはじめる。
「やっぱ、あんな噂があるとな……なぁ?」
「ああ……」
「うわさ? 何それ?」
「知らないの?」
 そこに別のクラスメイトが割り込んでくる。
「アイツ、怪しいじゃん。夏木遼って本当の名前じゃないんだろ?」
「オレも聞いた! 谷とか言われてるんだって」
「あと、高校の不良をたばねてるとかってのも聞いたぞ」
 ドッジボールそっちのけで転校生のうわさ話が盛り上がる。そこに彼への悪口や嫉妬も混じっていく。それは酷く、聞くに耐えないものだった。結局昼休みが終わるまでこの話は続いた。
 放課後、私と虎太郎は屋上へと続く階段の踊り場にいた。屋上への扉は施錠されているし、未使用の机が積んであったりするここには滅多には人が来ないからだ。
「タっちゃん、どう思う?」
 もちろん虎太郎が言っているのは昼休みにクラスメイトから聞いた転校生の噂のことだ。
「アイツが偽名かもしれないことや、不良とつき合いがあるかもしれないのは、オレたちも直接見たことだから、否定のしようがないよ」
「いや、それはそうだけど、オレが言いたいのは……」
 どうやら虎太郎が言いたかったのは別のことだったようだ。
「クラスの様子だよ……タっちゃん、気づかなかった?」
「なんか変だった?」
「やっぱり気づいてなかったか。そういうところ、タっちゃんはニブいからなぁ」
「悪かったな……で、クラスの様子がどうした?」
「クラスというか、あの転校生というか……うまく説明できない」
「なんだ、それ?」
「それじゃ、明日のクラスの雰囲気をよく観察してよ。あの噂のせいだと思うんだけど……」
「お、おう……」
 虎太郎の要領を得ない言葉に、こちらもどこか煮え切らない答えを返すしかなかった。

 翌日、私は朝からクラスの様子に注意を払ってみた。虎太郎は私に気遣ってなのか、別のクラスメイトと話をしている。私は一人でこの雰囲気を観察することに集中できた。
「これか……」
 あれだけ転校生に群がっていたクラスメイトも今は誰も彼に声をかける者はない。転校生は次の授業の予習なのか、国語の教科書を開いて読んでいる。これだけならば、至って普通の光景だ。だが一度気づいてしまうと確かに虎太郎が言うように、クラスと転校生の間に溝ができているのがなんとなくわかった。
 誰もがあの転校生を避けているのは明らかだった。たぶん、この雰囲気を作っているのが昨日のドッジボールの時に聞いた、転校生の噂だ。たかが噂とはいえ、誰も怪しい人間と好んで近づこうとはしない。それが普通だ。特に子供の防衛本能は鋭い。そして正直で、残酷だ。ただ自分の身を守りたいというだけで、他者を排除する。クラスの中に入り込んだ転校生という異物に拒絶反応を示し始めたのだ。
 この状況はよろしくはない。しかもそれが根も葉もない噂ではなく、事実であることを私たちは知っていた。もし事実を知らなかったら私は転校生に対しどのような態度を取っていただろうか? みんなのように拒絶していただろうか? それとも、噂は噂と笑い飛ばしていただろうか?
「……クソ……」
 いったいいつからこうなっていたのだろうか? 一度気づいてしまうと居心地が悪い。私はたまらず廊下に逃れ出た。たぶん転校生は予習をすることで、この空気から逃げていたのだ。同じ逃げ出すにしても私が取った方法は何の生産性もない行動だった。ただ次の授業だ始まるまで一人窓の外を眺めていた。だけど他のクラスメイトと楽しく話すことだけは絶対にしたくなかった。それは転校生を無視するという行為に加担する行為にこの時の私には思えたから。
「……はやく休み時間終わって、授業始まらねぇかなぁ……」
 勉強嫌いのこの私が一生使うことがないと思っていた言葉が、自然と口から漏れた。


●06)
 居心地の悪い学校生活が始まってまだ一週間も経っていなかった。この雰囲気に馴染めず、私は休み時間を廊下で過ごした。虎太郎は気にしていないのか、それともあえてそうしているのか、別のクラスメイトと馬鹿話をしている。転校生は相変わらず次の授業の予習をしているようだった。
 ある日の昼休み、給食を食べ終えた私はまた廊下でぼうっと窓の外を眺めて過ごしていた。
「ちょっといいかい?」
「え?」
 まさか転校生から声をかけてくるとは思わなかった。
「一緒にきてくれ」
「ああ」
 私は転校生の後ろについて歩く。彼は全くしゃべらず、振り返りもせず歩いていく。もし途中で私がいなくなっていたら、彼はどうするのだろう? だが彼の背中から発せられる抗い難いものが私を吸い寄せているようで、ただ黙ってついて行くしかなかった。
 昇降口で土足に履き替え、転校生が向かったのは校舎裏の焼却炉の近くだった。ここには生徒は滅多には来ない。来るのは放課後の掃除当番くらいだ。転校生はそこで足を止め、私を振り返った。その目は私を憎んでいるようにも見えた。
「どうしてこんなことをする?」
「なんのこと?」
「とぼけるなよ!」
 彼の感情的な声をこの時初めて聞いた。いつもは大人のような口調で、余裕を持った話し方をしているから、どこか住む世界が違う人に思えていた。だが、感情のままに怒鳴るその姿は同年代の小学生に見える。私は怒鳴られているというのに、どこかホッとしていた。ああ、彼も自分と同じ小学生なんだと安心しできたのだ。
「君がやったんだろ!?」
「だから、何がだよ!」
 要領の得ない問いかけにこちらもイラっとしてつい言い返す。
「君たちがクラスメイトに色々吹き込んだんだろ!?」
「はぁ?」
 どうやら転校生は私と虎太郎が見知ったことを吹聴していると思っているようだ。たしかに彼にしてみれば自分のことを調べているのが私たちなのだから、犯人だと考えるのは当然かもしれない。しかし、私はやってない。虎太郎だってやっていないはずだ。だがそれをやっていないことを証明することは困難だ。悪魔の証明だ。小学生の私は潔白を証明するすべを持たず、ただ「やってない」を繰り返すばかりだ。
「じゃあ、誰がやったんだよ?」
 転校生も引かない。それどころか、私の胸を小突いてきた。
「知るかよ!」
 私もカッとなって転校生を突きかえす。それが引き金になって私たちは互いを突き飛ばし始め、ついには殴り合いになる。
「俺たちじゃない! そもそもお前が何かを隠しているのがいけないんだろう?」
「君たちに、僕の何がわかる!」
 別に私はケンカ慣れしている方ではないが、負けん気だけはあるつもりだ。転校生だって毎日クラスで無視され、もう限界まで来ていたのだろう。それを私を犯人にすることでなんとか保とうとしているのか、しつこく食い下がってくる。
「……だから! やめろって!」
 いつの間に来たのか虎太郎が割って入っていた。今思えばケンカしている間に割って入ることがいかに大変なことか。しかし虎太郎は私たちのためにそれをしてくれたのだ。私たちのどちらがやったのか、虎太郎の唇が少し切れて血が滲んでいた。
 仲裁されたことで私たちは少しだけ頭を冷やすことができた。転校生が息を整えるのを待ってから虎太郎が静かな声で告げる。
「本当に信じてよ。タっちゃんはそんな卑怯なこと絶対にやらない。もちろん、オレだってやらない」
「うるさい! ウルサイ、ウルサイ! 君たちなんて知るか!」
 そう叫び、転校生は走り去った。私は黙っていたし、虎太郎も別段追いかけようという素振りはなかった。
「マジで俺たちじゃねぇってのによ」
 私は痛む左頬を撫でる。何度かいいパンチをもらってしまったのだ。その痛みは追い詰められた転校生の心の痛みを私に押し付けていったものだろうか。
「あの怒り方……マジで参ってるみたいだね。さて、どうするタっちゃん?」
 虎太郎は私が何をするかわかっていてあえてこういう言い方をする。こうすることで言い出しっぺが私になるからだ。今思えば賢いやり方だが、ちょっとずるい。
「そこまで疑うなら、俺たちが真犯人を見つけてやろうじゃないか!」
「言うと思った。そうだね、乗りかかった船ってやつ?」
 私と虎太郎は焼却炉の前で作戦会議に入った。

《つづく》

ゲーム業界に身を置いたのは、はるか昔…… ファミコンやゲームボーイのタイトルにも携わりました。 デジタルガジェット好きで、趣味で小説などを書いています。 よろしければ暇つぶしにでもご覧ください。