謎の転校生 (全7回・第2回)
放課後、私と虎太郎は急いで教科書をランドセルに仕舞い、転校生夏木の動きに目を光らせる。転校生はやはりクラスメートの遊びを断って一人教室を出て行った。
「よし、追うぞ!」
「おう!」
私たちは少し距離をあけて転校生の後ろをつけていく。刑事や探偵の尾行ってこういうものだろうか? あの時のワクワクした気持ちは二十年近く経った今でも昨日のことのように思い出せる。
「さて、奴の家はどこだろう?」
「このまま行くと古い住宅街の方じゃないか?」
私のいた小学校の学区は意外と広いのだが、人が住んでいる町となると大きく二つに分かれる。昔からの家がある地区と、昭和末期から平成にかけてのバブル時期に作られた新興住宅街だ。私も虎太郎の家も、新興住宅街の中にある。
「引っ越してきたなら、新しい住宅街なんじゃないか」
今にしてみればそれは思いこみにすぎないのだが、わざわざ古い住宅街に引っ越すというイメージが小学生の自分には想像できなかった。さらにそれを口にしたことでそちらが正しいという認識が生まれてしまった。自分で自分に暗示をかける行為……まったく単純なことだ。
「だけど、あいつは古い方に向かってる……怪しくないか?」
「確かに何か秘密がありそうだよな」
その時、前方を歩いていた転校生が左に曲がった。
「タっちゃん! 見失う!」
「走るぞ!」
ランドセルが背中で暴れて走りにくい。しかもガサガサと音を立てる。私たちは出来るだけ音を立てないように、早歩きで角に向かう。
「あれ?」
しかし、先に角を曲がったはずの転校生の姿はもう消えていた。
「クソ! 見失った!」
気づかれないように距離を空けたのがアダになったのだ。こうして第一日目の尾行は失敗した。
「よし、今日は突き止めてやるぜ!」
私と虎太郎は昨日の雪辱戦とばかりに気合いが入りまくっていた。転校生より先に学校を出て、昨日見失った角に先回りする。
「昨日、ここまで来るのは分かってるから楽勝だな」
「あとはアイツが来るのを待って、追跡続行だ」
そして私たちは転校生が来るまで、昨夜見たアニメの話や、親がゲーム機を買ってくれないなどのグチを話しながら待った。
どれくらい待っただろうか? ゆうに三十分は待ったと思う。先に気づいたのは虎太郎の方だった。
「なぁ、タっちゃん。遅くね?」
「何が?」
「夏木……」
「え? あ、ああ!」
話しに熱中していて、私は転校生を待っていたことを忘れていた。
「でも、あいつ通ってないだろ? それにオレたちの方が先に教室を出たのは間違いない」
「でも来ないよ?」
結局、今日は用事があったから別の道で帰ったのかもしれない。という結論に達し、二日目の追跡も失敗に終わった。
三日目。私と虎太郎はまた教室から転校生の後を付けることにした。昨日の場所で待とうかという案もあったが、初日のルートがイレギュラーである可能性に気づいたのだ。とはいってもほとんど虎太郎の推理だったが。
目の前を歩く転校生の足取りは少し早い。何かを急いでいるのか、または私たちの尾行に気づいているのか? だが後ろを振り返らないので、気づいてはいないと信じ、尾行を続ける。
「タっちゃん、曲がった!」
初日に曲がり角で見失っていたからか、虎太郎は見れば分かることなのに声を上げる。
「急ごう!」
同じ轍は踏まないように、私たちは角へ走る。
「くそっ、やっぱりいない!」
「いいや、どこかにいるはずだよ……いた!」
虎太郎が指さしたのは民家と民家の間にあるブロック塀の上だった。まるで綱渡りでもするように、転校生はブロック塀の上を歩いて行く。
「どうする?」
「どうするって……」
私は困った。ここで追跡を断念すれば、また見失う。かといって、今ブロック塀に上れば、転校生に気づかれる。
「……今日はここまでだ」
悩んだ末に、私は尾行を断念する。ここで焦って、尾行がバレれば、二度とチャンスは来なくなるかもしれない。確かに転校生の正体は暴きたい。だがこの尾行ゴッコの楽しさを失うことが怖かったのだ。
「やられちゃったね」
「まぁ、アレだ、アレ……お父さんが言っていたアレ。急いでナントカを損するって奴」
「急いてはことを仕損じる?」
「そう、ソレ! 楽しみは後にとっておこうぜ?」
「おー、タっちゃん、大人~」
こうして三日連続、尾行に失敗したのだった。
こう書くと次の日当たりに成功したと思うだろう? でもこのあと、一週間は失敗続きだった。
転校生は微妙に帰り道を変えて、私たちの追跡を翻弄する。今思えば、私たちの尾行は転校生に気づかれていたんだろう。
●03)
状況が動いたのは、一週間の失敗続きで、そろそろ苛立ちが爆発しそうになった頃だった。その日の追跡でついに一歩進展があったのだ。
それはいつものように古い住宅地へ向かう途中で起こった。
「そろそろアイツが行方をくらます地点じゃない?」
「ああ、今日こそ逃がさないぜ」
「あれ? アイツ何してるんだ?」
転校生は歩いていたお婆さんに声をかけ、一緒に近くの公園に入っていった。そしてベンチに腰を下ろし二人で話し込む。
「何話してるか知りたいな」
「タっちゃん、ベンチの後ろのトイレ。あれの裏側に回ったら、話し声が聞けるんじゃない?」
しかしそこまで行くには公園を突っ切るしかない。もちろん、そんなことをすれば転校生に気づかれるに決まっている。となれば……
「やるしかないか」
私と虎太郎は一度公園を離れ、別の道を進む。公園を大きく回り込み、裏に回る。当然、裏には別の家があるが、私と虎太郎はこの家の塀の上を歩いて公衆トイレの裏へと移動した。そう、以前に転校生がやった方法だ。子供だから最悪見つかっても謝ればすむが、大人がやれば不法侵入として問題になる。まぁ、今の時代なら子供がやっても問題になるかもしれないな。まったく昔は良かった。ともかく、私たちは近所の人に見咎められずに公衆トイレの裏にたどり着いた。
「学校はどうだい、友彦。友達は出来たかい?」
「大丈夫だよ、おばあちゃん。今日だって、指されたところちゃんと答えられて、先生にも誉められたよ」
「そうかい、友彦は賢いからねぇ」
二人の会話が聞こえる。それを聞きながら私は虎太郎にコソコソと確認する。
(なぁ、コタ、あの転校生の名前ってなんだっけ?)
(たしか、なつきりょうって言ったはずだ)
やっぱり私の記憶は間違いではなかったようだ。
(だよな? それじゃ、友彦って何だよ)
(う~ん……)
「ほら、おばあちゃん。早く帰らないと、お母さんたちが心配するから」
「はいはい。でも友彦とこうして歩くのも楽しくてね」
「何言ってるんだよ。ほら、行こう?」
ほどなくして二人は公園を出て帰って行った。今後をつければ、ちゃんと家を突き止められる筈だが、それよりも別のことに気を取られていた私たちは、二人がいなくなるまで公衆トイレの裏で息を殺したままだった。
「なんか、スゴい秘密をつかんだ気がする」
開口一番、虎太郎はそういった。
「あの転校生が何者なのかは、みんなあいつが言ったことしか知らないんだよな」
「先生が教えてくれたことと言えば、親の都合でこっちに引っ越してきたってことくらいだもんね」
「たぶん、先生は嘘をつかないだろうから、親の都合で転校ってのは間違いない。それにその程度の情報は全然関係ないだろ。それより、どうしてアイツが名前を二つも使ってるのかってことだ」
「偽名ってやつ?」
「偽名?」
「本当の名前がバレるとヤバいときに使う、嘘の名前のことだよ」
虎太郎は得意げにそう説明する。
「じゃ、本当の名前がバレるとヤバいときって、どんな時だ?」
「悪い子とするときとか? スパイが敵の組織に忍び込むときに別の名前を言っていたのをテレビで観たことがあるよ」
「スパイ!?」
虎太郎が言った一言は、子供の自分には衝撃だった。自分と同じ歳の子供の中にスパイがいる。彼は何か特別な任務を受け、大人では入り込めない場所に子供という立場を利用して入り込むのだ。だから正体がバレてはいけない。
「学校では仲良くするけど、放課後に誰とも遊ばないのは、学校自体が隠れ蓑なんだ……」
「う~ん、いったいアイツ、何を探っているんだろ?」
「オレたちの使命はそれを突き止めることだな!」
こうして私と虎太郎には新たな任務が生まれた。
しかし、その任務もすぐに暗礁に乗り上げる。転校生がまったく尻尾を出さなかったからだ。それも当然だが、思い込みというか、子供の空想力はすごいというか、私たちは転校生には特殊任務があると信じて疑わなかった。
《つづく》
ゲーム業界に身を置いたのは、はるか昔…… ファミコンやゲームボーイのタイトルにも携わりました。 デジタルガジェット好きで、趣味で小説などを書いています。 よろしければ暇つぶしにでもご覧ください。