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謎の転校生 (全7回・第6回)

●09)
 放課後、私は音楽室にいた。物音のしない音楽室でじっと待っている。虎太郎が学級委員の桜川麗子を呼び出して音楽室に行かせる手はずになっていた。ちなみに虎太郎は「別のやることがあるから、タっちゃん一人でお願いな」とどこかに行ってしまった。自分のするべきことを頭の中で反芻し、この作戦が成功するイメージを固めておく。
 廊下から足音が聞こえてきた。どうやら桜川麗子がやってきたようだ。さあ、始まるぞ。
「この手紙、どういうこと?」
 桜川麗子は手紙をひらひらと振りながら、怒った顔で私にそういう。たしか、虎太郎の計画で、手紙には『お前がやったことを知っている』と書かれているはずだ。
「書いてある通りだけど? 委員長、理解できないの?」
 私は挑発するようにあえてそう言う。この挑発に委員長はまんまと乗ってきた。
「だから、何の事よ? いい加減なこと言うと……!」
「わかってんだろ、夏木のことだって?」
「っ!?」
 言葉のつまり方が図星だと告げていた。虎太朗の読み通りだ。だから私はさらに一歩踏み込む。
「振られたからって、アレはやり過ぎだろ? おかげで夏木はクラスでひとりぼっちだ」
「……なっ!? どうして、それを」
 そりゃあ、私が麗子を好きだったからだ。だから彼女の夏木を見る目の変化に気づけたんだ。最初の彼女は確かに委員長としての仕事を全うしようとしていた。しかし途中からは大好きな夏木と話すことが嬉しくてちょっと照れたような表情だった。それが今では夏木を見て意地悪く笑っている。彼女の気持ちの変化を想像するのは簡単だ。このときの私の彼女への思いの変化と同じだったんだから。
「……だからさ、すべて知ってるって、言ったろ?」
 芝居がかったようにため息なんてものもついてみる。この余裕ぶった態度に委員長は苛立ち叫ぶ。
「あの転校生がバラしたのね? やっぱりそう言うやつだったのよ! 不良のウソツキよ!」
「だからウソの噂をばらまいたんだな?」
「そうよ? 悪い?」
 この一言さえ言わせられれば、我々の勝ちだ。虎太郎の保険は要らなかったようだ。

「認めたな。今の言葉、しっかり録音してるからな」
「録音!?」
「どうして音楽室を選んだのか、気づかなかった? ただ防音で秘密の話ができるからじゃないぜ?」
 音楽室には授業で使うためにカセットデッキが備えられている。ラジカセだってある。虎太郎が音楽室を選んだのはそれで証言を録音するためだ。私が差し示したラジカセが録音状態になっていることを知って、麗子は声をひそめながら悔しそうな声をだす。
「ひ、卑怯者!」
「卑怯者はどっちだよ? 変な噂を流して夏木を孤立させやがって!」
「卑怯じゃないわよ! 私は嘘なんて言ってない! 本当のことを言って、どこが卑怯なのよ!」
 そう言われるとこっちも反論できなくなる。何故なら我々もあの噂が本当だと身をもって知っているからだ。
「だけど、仮に本当だとしても、それがあいつを一人ぼっちにさせているのは本当のことだろ? お前が噂を広めたからこうなった。やっぱりお前のせいじゃないか!」
 これが精一杯だ。だが口が立つ委員長のことだ。これに言い返してくることは想像に難くない。そしてそうなった場合、バカな少年の私には言い返す術はない。委員長の口が動く。やっぱり来た。だがその声を聴く前に、音楽室の扉が開かれた。
「レイコちゃん!」
 入ってきたのは虎太郎と、いつも委員長と一緒にいるちょっと内気な女の子の一ノ瀬文恵だった。
「フミ……」
「もうやめよう? それでちゃんと夏木くんに謝ろうよ」
「なんで謝るのよ? 本当のことなんでしょ? それとも、フミが見たって言ったのは嘘なの?」
「嘘じゃないよ? わたしは、見た……けど、見間違いかもしれないじゃない」
 ああ、なんとなくわかってきた。委員長が流した噂は、この一ノ瀬文恵が見たことだったんだ。自分で見たことじゃないのに、いや、自分で見たことじゃないから簡単に噂にできたのだ。そして噂だから、事実は関係ない。しかしその情報元となった文恵にとっては、自分が言わなければこうならなかったのだから、心穏やかではないだろう。文恵が転校生を見られず目を伏せていたのは、その後ろめたさからの行動だったのだろう。
「何よ、それ……自分が見たことを否定するの?」
「否定なんてしないよ。確かに私は見たけど……でも、どうして不良の中学生と一緒にいたのか、その理由も聞いてない」
「そんなの、フミが聞かなかっただけじゃない!」
「だからだよ! 私は聞いていないから、へんな噂を流したくないの!」
 いつもはおとなしい文恵がこの時ばかりは 必死にくい下がっていた。委員長もこんな彼女は初めてなのだろう。いつもの堂々とした態度を崩し、明らかに狼狽している。それでも彼女は自分の優位を取り戻そうと反撃を試みる。
「……ふ、フン! 不良と一緒にいるなんて、十分怪しいヤツよ……」
「レイコちゃん、不良といただけで、悪い人だなんて決めつけちゃだめだよ。もし本当に悪い人だったとしても、その噂を使って夏木くんを孤立させたら……それって、イジメと同じじゃない!」
「……っ!」
 委員長は言葉をつまらせた。畳み掛けるなら、今しか無い。私は余裕ぶった態度で口を開く。
「……まぁ、そういうことだよ、委員長」
 ここで反論を許さないためには、結論が出たと状況を作ってしまうのに限る。ずるいやり方だがどうも私は子供の頃から自然とこれをやっていたようだ。虎太郎に言わせると「いつも美味しいところを持って行くヤツ」ってことだ。
「……」
「もし少しでも悪かったと思ってるなら、夏木に謝ろうぜ?」
 これが一対一の口論なら頭の良い委員長の反撃を許していたかもしれない。だが親友の文恵まで敵対しているこの状況は心理的に余裕がなくなっているはずだ。そして、何より私は彼女の良心を信じたかった。
「な、委員長?」
「……」
 長い沈黙が訪れる。それでも私たちは黙って待った。横目で虎太郎と文恵を盗み見ると、二人も私と同じで、彼女を信じる期待の目をしていた。そして、彼女は期待に応えた。
「……許してくれるかな?」
 子供ながらこの絶妙な駆け引きに私たちは勝った。とはいえ、ここまでは虎太郎の計画通りだ。
「大丈夫だよ、きっと! 私も一緒に謝るから!」
 一ノ瀬文恵は委員長の元へ駆け寄り、彼女の手を取る。
「委員長が本当に反省してる証拠は録音済みだしね」
 虎太朗もやっと口を挟めるようになった。
「オレたちも、手伝うから安心していいよ」
「ありがとう、虎太郎くん」
虎太郎はきっとこの場の誰よりも今のやり取りをヤキモキして見ていたはずだ。作戦の立案だけしておきながら、実行は私で、自分は成り行きを見守るしかなかったんだから。
「さて、どうやって……」
「なぁなぁ、オレにひとつ案があるんだけど」
 これは虎太郎の計画にない私のアドリブだった。
「案?」
「……それで、ちゃんと謝れるの? ……許して、もらえるかな……?」
 委員長は不安そうな、それでいて期待するような目を私に向ける。やっぱり彼女は自分のしたことを悔いている。あとは転校生の夏木が女々しい性格でないことを信じるのみだ。
「竜也くん、案ってどうするの?」
「まぁ、なんだ。一番手っ取り早い方法を取るんだ」
「?」
 私はゆっくりと黒板の方に歩きながら、ちょっともったいつけて言う。この時の私は自分が推理ドラマの探偵にでもなったかのような気分だった。あの日から今日まで十数年生きてきたが、この時ほど輝いた時はなかっただろう。
「委員長が許してもらえるかどうか……、そいつは本人に聞こうぜ?」
 教卓の横に立ってそう言い、私は教卓をコンコンと叩いた。その音を合図にしたように、彼が教卓の陰から姿を現す。
「え!?」
「夏木……くん……」
 これが私のアドリブだった。
 全て話を聞かれていたと知り、この後に及んで委員長は逆上したりしなかった。
「……ごめんなさい! 私が最初に噂を言いました。そのせいでみんなと気まずい雰囲気を作ってしまって、本当にゴメンナサイ!」
 さあ、委員長がここまで謝罪している。あとはお前次第だ、転校生?
「……いいよ。元はと言えば、ボクのせいでもあるし。ちゃんと説明していなかったし、ワザと誤解させて楽しんでいたボクも悪いんだ」
「なぁ、夏木。そろそろ、ちゃんと話し合おうぜ?」
「……うん。君たちにならちゃんと話せるよ」
 そう言って転校生は私たちが感じていた神秘のヴェールの内側を披露した。

《つづく》

ゲーム業界に身を置いたのは、はるか昔…… ファミコンやゲームボーイのタイトルにも携わりました。 デジタルガジェット好きで、趣味で小説などを書いています。 よろしければ暇つぶしにでもご覧ください。