恋愛に臆病になる、ということ
僕は性欲が弱い。
と、恋愛がうまく続かない理由を一言で済ませようとしていたところに、女性から素敵なアドバイスをもらった。
相手を喜ばせようとか、幸せにしようって気持ちが薄いんじゃない?
あぁ、全くそのとおりかもしれない。こと恋愛においては。
グサッと心をひと突きされた気持ちだ。
そして、これこそが 「釣った魚にエサをやらない」と言われてきた根幹だと悟った。
ようやく分かったのか、このボンクラ。
これまで、彼女と家族のような関係になりたい、深いところで思い合っているから表立ってどうのこうの無くても、信頼し合っている関係になりたい。
なんて思っていたけれど、実はそうではなくて、与えなくても与えられる関係でありたかっただけなのだと理解した。
なんてコーマンチキだ、お前は。
それ以来、見えていなかった自分の本性が見えたことは非常に良かったと思う反面、もう簡単に女の子にアプローチはできないなと思っている。
いい感じになった子がいたが、いまの僕がその子のことを幸せにできるのか?ボンクラでコーマンチキの僕が。と、思ってしまい、連絡もできずにいる。
自分ごとでなければ、その子を幸せにするために自分が変わるしかないじゃん、の一言で無責任に送り出すところだが、やはりこれは無責任な発言だなと身を持って感じている。ごめん、昔の友だちとか。
とはいえ、自分が変わるしかないのは揺るがないだろうし、それができないならば、それこそ無責任に女の子と仲良くなってはいけない、と思う。
これが、恋愛に臆病になるということなのか。
ただ、冒頭の女性はこうも言ってくれた。
まずは気になる子じゃなくて、普通の子に優しく喜ばせるようなことをして、それが自然にできるようになることだよ。
仰るとおり、と思いつつ、釣る前の魚にはエサ撒きまくってたのが僕なのだから、それって果たして解決策になってるのか?という疑問もある。
ただ、目的がエサ撒きではなく、自分の意識改革なのだと思ってやることは今まで試していなかったので、効果はあるのかもしれない。
なんてことをグズグズ考えて先延ばしにしている今日このごろ。
noteに書くのもいいけど、覚悟決めろや、このポンコツ。
webマーケッターのはしくれ。SEMに始まりDSP、SNSと順調に海原の凪で溺れそうになる。チームビルディングをやるようになって、岡目八目の言葉を実感し始める。慌てない自分になることが当面の目標。