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徒歩で

tele- 創刊号 vol.1 2022 autumn / winter 特集:誤訳』に所収された文章です。

「tele-」は、「ことばの学校」第1期生有志による合同誌です。
書くことへの正体不明の熱意に突き動かされて第1期に集った面々の、書きたいジャンルや志向性は実にばらばら。そんな執筆者たちの多種多様な個性を存分に生かせるよう、一冊の冊子にまとめるのではなく、一人一枚の紙片 または小冊子を作品とし、封筒に入れる形をとりました。
タイトルの「tele-」は、「遠く」を意味する英語の接頭辞に由米し、書くことで、時間的にも距離的にも遠くのだれかに届けたい、という意味を込めています。
創刊号のテーマは「誤訳」。ことばとことばを行き来する中で見えてくるずれや、その豊かさに着目した作品が揃いました。
一人一人が、ことばでことばに手を伸ばすように書くさまを、お楽しみいただければ幸いです。



『tele- 創刊号 vol.1 2022 autumn / winter 特集:誤訳』「創刊のことば」より


 川縁から川縁まで、そこから更にその先の岸まで、歩けば歩くほど道が続いている。その眺めをみつつ、公園の周辺で圭一は横になろうとするも、遮る木目が公園のベンチの上に配置されたまま浮いていた。そこで待っていると、当然の様に「待ち時間」がきて、スマホをみると電話が何通かきている。

 圭一は画面をみてから友達が目的地の道すがら、例の頻繁な迷子を知っていたりしていた。他にも会社から何通か電話がきていたりしていても、電話がすぐに留守番電話サービスに接続する設定に買ってからそのまま、なったままとなっている。すぐに起き上がり、上体を上げ、目を擦ってから谷の向こう側まで向かう。

 「配置された樹木のそばで自転車を置いて待っている。」というメッセージだけがスマホ画面にチカチカしていて、スマホの画面が省エネモードと正常モードを交互に行き来する。

 地面は湿度によってか、芝生の水が靴を少しずつ浸食させ、靴下までは湿らせない程度に靴の泥が付着したまま、足を匍匐前進した歩兵の様な向きで樹木のそばまで歩を進めた。そこまで着くのにどれくらいかかるのだろうかと、スマホで時計をみていた。

 「のそっ」と音がする。他人の足音かとはじめは思ったが、圭一自身の足音だった。

 あおみがかった草のそばに白と茶が混合している草が生えており、それらがダブルスしながら連続して生え、地面の土を覆っている。その草のふみ心地はすべりやすいマットレスの上に硬いものが含まれた感触の様で、その感覚が靴と靴下を通して、足を経由しつつ身体に振動を派生させる。

 樹々はいつもながらの装いで、等間隔な配置を保ちつつ、連立している。

 圭一は後ろ側の川を一瞬みて、どれくらいの距離なのか確かめる。

 あまりよく見えない。寝ていたときはよく見えた。確か、川は小川という程のスケールで人の歩幅が一歩で歩けてしまい、川魚も小エビも肌寒い環境のためか気配がなく、水と水がそれぞれの水分、水素、として還元された流れを保ちつつ、土による窪みを1分で0.5mの進捗で進めている。その小川の流れを見向きもさせないためにその上に工場で作られた既製品の様な出立ちのウッドが、浮いたまま配置されている。はじめにみたときは浮世離れした出立ちのためかそう見えた。が、目を擦るとしっかり入り口と出口となる予定、そのそれぞれの場に、土を土台として装着されていた。

 改めて、前を見る。友達らしき人の輪郭が西日の日射を通して明示される。圭一は目を何度も擦って、友達の近くまで歩こうとする。

 手のような形と横揺れするブレ。そこから数歩進めば視界に入る唐突なる樹木。その下で友達が「おつかれ。向こうの方で寝ていましたよね。」と話しかけている。マスク越しのためかはっきり聞き取れない。

 「昨日、読んできた本について話しましょう。そうです。この前文庫化されたエイヤーの分析哲学の本とあの作品について。」

 圭一がそう話すと、友達はジーパンのポケットに手を突っ込み、スマホを取り出して実物の椅子、写真の椅子、英語表記の文字が配列されたフォトスタット、それらが展示された画像をGoogleからみせている。友達はネチャネチャしていた口調で奥歯に物がつっかえた言い方になっている。

「あー。そういえばそんな話をしてたかも。昨晩。確か最後、エイヤーが言っていた言葉を変に。」

 続けて、それに対して、お互いが思い出せない感覚を面白がって、友達はこう言う。

「ある、命題の、正当性が、それ、に、含まれ、る、諸記号、の、定義、のみ、に、依拠、する、ことで、判断可能な、場合、に、その命題、は、分析、的、である、と言う、正当性、が、経験、的な、諸事実、に、依拠、する、こと、で、初めて、判断可能、な、場合、には、合成的、である。」

 そこだけ友達の滑舌が良かった。口の中にものがあるのを感じさせない。

「そんな様な事をその作家、ひいてたりしたな。」

「それ、お前、が深夜に電話で話してたよ。案外このセリフだけ明確に覚えている。」

「あー、覚えてなかったわ。すまん。」

「そすか。」

 それを聞いた友達は目を下に下げたまま靴を引きずった感覚をさせる歩き方で歩を進めている。それをみた圭一はこう言う。

「ガム噛む?」

 そういってガムを友達に渡す。銀紙から緑色の薬みたいな形をした物を口に咥え、ネチャネチャした物音が友達のマスク越しから聞こえる。ふたりはポッケに手が投入されたまま、丘を目指して歩き始める。あの小川まで。

 ガムを噛み始めた友達はいきなり「マスクしていると、なに食っているかわからないよな。」と話し始める。口の中身がマスクによって分からない、少なくともその前に何か入っていた輪郭だけがマスク越しに伝わる。

 そして、マスクが妙に揺れている。顔面だけ無表情な友達がマスクだけ揺れている。

「飴でも舐めてる?」

「どだろ、何食ってんだかよくわかんないんだわ。までも、ミントの味の方が強いんだわ。」

「あれか、あれみたいだな。口の中に飴が入ってるのか、石が入っているのか分からない作品。」

 友達は左手をポケットに突っ込みながら、頭をムシャムシャしながら下を向き、平行線で歩き続ける。友達は話を続けた。

「自分でも何いってるかわかんないけど、あるやん。」

「あー、女装したりトイレ展示したりした人か。」

「そうそう。石膏の。」

 友達はひたすら頭をクシャクシャしている。マスク越しのためか、声が小さいが、圭一は昨日の話だとは知っていた。

 「昨日、お前が話していた作品。思い出してきた!あれは、別々のものがパラフレーズという作品だよね?」

 友達の声がさっきよりも聞こえる様になり、倍音みたいに甲高くなっている。

「飲み会の席とかで要約して話す人いるじゃないですか。あれっすか。」

「あー。そんなような。」

「ほえー。」

「機能みたいな展示というか。」

「その人もトイレ展示の人?」

「えっと、横浜に文字だけ並んだやつの人。確か、あの詩を書いた人も哲学者で。」

「しらー。ん?」

 お互いにガムが口の中を駆け巡っている。もう何周したのだろうか。多分、5周目あたり。気づけば圭一は丘の麓で口火を切っていた。

「あのさ。みえへんもんとか、この世にあんのかな。」

 友達は下を向いていたものの、急にこちらの顔をみてこういった。

「少なくとも、お前がいま、見てるじゃんか、それらはみえんよ。」

「そか、そういうもんか。」

「そっすね。」

「ちと、はっきりさせたかったわ。」

「んなもんだべ。」

 また、ふたりで丘をくだった。丘をくだると目と鼻の先に例の小川の土手に装着された橋が目につく。この橋に指をさしながら友達に圭一はこういった。

「あそこみえるか。」

「おう。」

 そこからまたポッケに手を突っ込みながら、友達の会話から話がまた始まる。

「あのさ、最近おれさ、日記とかつけててさ、よく分からなくなるんだわ。」

「なにが?」

「自分の言葉なのか、他人の言葉なのか。」

「まぁ、他人の言葉も自分の言葉だと思えばええんやない。」

「そのなのか。」

「やさ、結局、誰か読む人がいるために書いてるやんか。そゆ事だから、自分の言葉とかないんだよ、誰かのための言葉なんだよ。」

「そなのかな。あま、見られたくない事も書いててさ、だからさ、ノートにつけててさ、そうなるとさ、翌朝、よく分かんない文字書かれてるなと思ってさ、何考えてんだろって。」

「虚無。」

「そそ、きょむいんよ。」

 友達は再び、頭をかき乱したまま、歩いている。

「昨日、話していたやつなんですけど、あれ、やっぱなんですか。」

 ガムを口から銀紙へ移す途中のためか友達の声がはっきり聞こえた。今までの声は声の音としてよりも、咀嚼音と周りでときたま発生する鳥の音とがミックスされ、「ふぁの」という音と声の音とが一緒になっていた。

「あー。あれは、その、エイヤーがいっていた事は、綜合的と分析的という見方についてなんだけど、向こうの橋もさ、手前のあの木目が見えるところ含めると橋だけじゃない。」

「ブロブリ。」

「ああ、どっちも見えるのね、もう少し近づいてみるか。」

 ふたりはさっきいた所からもう少し近づいてみる。その場に置いてある部品、blockより、向こう側の橋に添付された橋の名前の方をみて友達が話しかけてきた。

「ただのbridgeやん。」

「そうそう、エイヤーもその視覚の話をしててさ、記号とついて生まれる意味みたいなものを、分析的といっていて。」

 視覚がリアルに見えてくるよりも、目の前の意味に囚われて、椅子からまた橋の方へふたりで歩くことにした。ふたりは安定したレンガの地面から茂みへとまた放り出され、湿ったふみ心地にまた戻る。そして、友達がまた髪をむしり出し、毛並みの一本、一本が落ち、その毛並みが草むらに点在し、見えない。

 よくみたら、頭をかきむしるのではなく、頭から生えた髪の毛を自分でぺしゃんこにするみたいに撫でていた。それでも毛並みが落ちている様にみえたりしていた。

 向こう岸の方の樹木が少しずつ視界に入る。樹木のさらに向こう側の木々が重なり合って、手前の緑と枯れた葉の色合いが奥地に進むにつれ混合するため、黒に彩りを変えていた。

「あの、木の向こう側、何かあるのかな。黒いな。」

「あま、よく分かんないけど、想像してみたいな。」

 一分間だけふたりで深呼吸をした。湿った空気と空気の粒が鼻の中を経由してめぐっている。また、ふたりは歩き始めた。

 湿った地帯から硬い地帯に踏み進めると、下を見てしまう。小川がブクブクして、それを一瞬みて通過した。あまり揺れずに、手すりにつかまる間もなかった。そして、ふたりは振り返る。

 すると、向こう側の地帯が白くフェードアウトして、丘から先まで白と緑が部分的に配色された「色合いのある風景」としてまとめられていた。

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