「不登校」というニュアンスの偏見

このnote内でもWebニュースでも、“不登校は問題なのか”という類の記事を
よく見かける

んー、なんだろうなあ
その記事の結果云々どうでもいいけど、まずそれを「問題なのか」と言う
視点から取り上げてるってところから微妙なんだよなあ
と私的には 思う

言葉の文字通りの解釈と概念的なニュアンスの解釈が異なっていて、無駄にネガティブにとられている気がする

言葉の文字通りの意味の「不登校」なら、「ただ登校していない」という
意味になる、はずだ

でもニュアンスからの解釈だと、「ただ登校していない」とは違う、別のネカティブな要素が盛り込められてる気がする

それに気付いてる人があんまりいないおかげで“問題なのか”という視点で見られてるのかもなあと思う

偏見というやつだ、簡単に言えば

正しく理解してほしいと思う人にほど、そこが食い違って理解してもらえないということが多々ある

そういうことが少しでもなくなれば、もう少し理解を示してもらえるようになれたなら、ちょっとだけでも世界が優しいと思える気がする

そういう、ひとつひとつの些細な積み重ねが人の大事な部分になっていくんだと思う

誰だって無条件に理解されたいと思うし、ね たぶん


「通信制高校」とかもその例かもしれない

最近は、だいぶ寛容になってきたとも思うけど
でももっと、偏見が無くなればと思う

向き不向きなんて人それぞれだけど、偏見を少しでも減らすことで、
人生の選択肢が少しでも広がる気がするんだ




今まであった言葉とは、似ているんだけどニュアンスがちょっと違うんだよっていう言葉を作れたら、一番いいなあって思うんだけど

日本語の狭さなのかな 浸透の遅さなのかな それか無理解故?
時代によって移り変わる言葉があっても良いと思うけどなあ


とにかく、何が言いたいかっていうと、生半可な知識で語らないでね☆
ということ  ←うざ

何事も先入観に囚われない 理解が大事!

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